長い夢をみる

 彼女の姿が見えなくなると、まだどこかで電話しているモリオを呼んだ。

 「友達になったんですか」

 彼女を見送りながら、モリオが携帯電話をポケットにしまう。

 「まあね。誰と電話してたの」

 「姪っ子です、三歳。かわいいですよ」

 「三歳の子とずいぶん長電話だね」

 「いや、他にも色々。僕、来週退院することになったんで」

 「そうなんだ」

 「おめでとうは」

 「別に俺はめでたくない」

 「まあ、また会社行かなきゃいけないのは嫌ですけどね。大沢さんはどうするんですか」

 「どうするって」

 「退院した後ですよ。仕事やめたんでしょ」

 うつむいて思わず笑ってしまった。「決まったよ」

 口元に手を当てる。我ながらいい考えだと思う。

 「決まりました。何するか」

 「何ですか」

 「わたくし」

 宣誓するように胸の辺りで手を上げる。

 「教師になろうと思います」

 ぶっとモリオが吹き出した。

 「大沢さん知らないんですか。教師って誰でもなれる訳じゃないんですよ。教員免許がいるんですよ」

 「持ってるよ。教員免許」

 笑っていたモリオの口が動きを止め、喉の奥から「はぁ」と鳥の鳴き声のような音を出した。

 「体育教師ですか」

 「違う」

 「なら教科は」

 「英語」

 「喋れるの」

 「取っておいてよかったよ。遠征でよく海外行ってたから、割と得意なんだよね」

 「教育実習は」

 「やったよ。楽しかったなあ。どうせなら部活の顧問もやりたいな。弱くてもいいから」

 暦の上ではもう初秋のはずなのに、じりじりと照る太陽。空には魚のような雲。

 「そう言えば、二瓶さんがお前の猫に結核うつそうとしてるよ」

 「本当ですか。連れて帰ろうかな」

 「お前の家、ペット大丈夫なの」

 「大丈夫ですよ。実家なんで」

 「ああそう。なら連れて帰れば。実家でもいいって猫が言ったら」

 屋上に上がってきた時に電源を入れておいた携帯電話がポケットの中で震えた。開くと妻から絵文字もないメール。

 「お花ありがとう。あなたが選んだんじゃないでしょ」

 そうだよ。声を上げ、思い切りあくびをする。

 まだ始まってもいないのに、どこかの校庭で、この空を思い出している自分がいた。

                                       
                    (おわり)

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