誰もいない病室

 七月十九日(火)田渕

 妙な夢を見た。

 昼食を食べ終え、薬が配られるのを待っていると、廊下からスリッパのパタパタという足音が聞こえた。

 足音はしだいに部屋に近づいてくる。誰かが午前中の検査をすっぽかしたのかと思っていると、呼ばれているのは私の名だった。廊下に出ると、走ってきた看護師が「田渕さん、退院です」と言った。

 あまりに突然だったので驚いていると、看護師が「すぐにナースステーションに来てください」と言う。今のやりとりは部屋の皆にも聞こえただろうなと思い、福留さんのベッドのカーテンを開けると、そこは空だった。榊君も等々力君も砂原君もいない。もしや全員で私をだましているのではないかと思ったが、ひとまず言われた通りナースステーションに向かった。

 途中、他の部屋も覗いてみたが、やはり患者の姿はどこにもなかった。まるで集団で神隠しにでもあったようだった。誰もいない病室で、カーテンだけが風で大きく揺れている。

 昼間にも関わらず、人の気配が消えると病院がこれほど不気味なものになるとは。普段は何気なく歩いていた廊下が、何十メートルにも思える。

 私は今まで感じたことのない恐怖を感じていた。それは霊的なものへの恐怖だった。ナースステーションの前まで行くと、嫌な予感はさらに膨らんだ。普段は看護師たちが忙しそうに働いているはずの場所から、声が聞こえてこないのだ。

 ドアを開けると、部屋の中には誰ひとり、看護師がいなかった。

 そこでふいに目がさめた。クーラーが効いているにもかかわらず、私は体中に汗をびっしょりとかいていた。

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