裸族の村で王になる

 八月二十日(土)田渕

 またまたまたまたまた妙な夢を見た。

 私は辺境の地にいた。村人たちは男も女も皆裸で、最小限のところだけ隠している。首飾りや腕輪などの装飾品を身につけ、逞しい上半身には赤や緑で幾何学的な模様が描かれていた。ここは以前テレビで目たような、いわゆる裸族の村らしい。

 村の様子を眺めていると、ある男が私に気づき、私に近づいてきた。周囲の家からも続々と人が出てきて、あっという間に取り囲まれる。

 だんだん恐ろしくなってきたが、この状況では逃げ出そうにも逃げ出せない。私を取り囲んだ村人たちはもはや踊りだしている。このまま生贄か何かにされてしまうのではないかと案じていると、隣にいた通訳が「これは歓迎の儀式ですから大丈夫」と言った。

 私の隣に通訳の男がいつ現れたのかは分からなかったが、ひとまずは安心して、儀式が終わるのを待った。男たちが描く円の速度がだんだんと遅くなっていき、やがて完全に止まると、輪の奥から村長らしい老人が現れた。村長の視線は、まるで私のこれまでの人生を問うかのような険しいものだった。痛いほどの沈黙が終わると、村長は周りの男たちに二言三言声をかけ、その場から去った。去り際、彼の皺だらけの顔に、ふと笑みが浮かんだような気がした。

 村長が去ってしまうと、周りの男たちは突然叫び声を上げながら私に飛び掛ってきた。逃げようとする間もなく、男たちに捕まえられ、身動きひとつ取れなくなる。ちょっと待て。さっきの村長の態度は、私を友好的なものとしていなかったか。かすかにだが意志が通じたと思っていたが違うのか。訳が分からず通訳を見ると、彼も筋肉隆々の男たちに囲まれ、もみくちゃにされている。しかし彼の顔には喜びの色が浮かび、私に「よかったですね」と言っている。

  「何がよかったんだ。私の服を脱がそうとしている奴がいるぞ」

  「彼らは裸族です。ここで認められたら、彼らと同じようにしなければなりません」

  「彼らと同じような格好をしろと言うのか」

  「そうです。郷に入りては郷に従え」

  「冗談じゃない、私はこんなところで暮らしたくはない」

  「もう遅いです、何を言ってももう遅い」

 通訳と会話している間に、私は屈強な男たちによって一糸まとわぬ姿にされていた。恥ずかしかったが、彼らは私の肩をたたいてしきりに笑いかけてくる。私もごまかすように笑っていたが、どうすればここから逃げ出せるかを必死に考えていた。通訳も私と同じように全裸にされていたが、こういう状況に慣れているのか、彼らと親しげに会話している。

 すると突然、尻に鋭い痛みが走った。私を取り囲み、好意的に肩や腕を組んでくる男たちの中、尻に指で浣腸をしている奴がいる。振り返ると、犯人は子どもだった。私が「やめろ」と大声で怒鳴っても、悪ガキは私の尻に指を突っ込むのをやめない。目上の人間に対して、やっていいことといけないことの区別がつかないのか。頭に来たので蹴飛ばしてやろうとすると、突然その子どもが私の尻を指差し大声を上げた。

 何と言ったのかは分からなかったが、周囲の人間がその声に反応するように一瞬にして押し黙った。そして私を取り囲んでいた村人たちが、後ずさりする。さっきの友好的な雰囲気とは打って変わり、今度は私を畏怖するような目つきだ。状況を解説してもらおうと通訳の方を見ると、彼も私の顔を見て、口を震わせていた。私に浣腸をしていた子どもに至っては泣き出している。

 もしやこれは、と私は思った。これはいつものパターンではないのか。尻がらみのことといえば、もはやアレしか思い当たらない。私の考えを裏づけするように、どこからか再び村長が現れ、私の尻の前にひざまずいた。村長は何かブツブツ言ったあと、私の尻に手を当て、穴を押し広げた。

 やっぱりそうだ。私はこんな辺境の地に来ても、いわれのないことで迫害されなければならないのか。尻の穴を見られている恥ずかしさより、悔しさが胸にこみ上げる。見終ると村長はゆっくりと顔を上げ、ゆっくりと瞳を閉じた。

 何を言われようとも覚悟はできている。しかし目を開けた村長が、私の顔を羨望のまなざしで見つめているように見えるのは気のせいだろうか。相手がこれだけの人数だと、浴びせられるのは叱責の声というよりも怒号や罵声などではないかと身を縮ませたが、それらが起こる様子もない。

 「ウオオオオオーッ、○△×□※×#」

 彼らがなんと言っているかは分からなかったが、どうやらその声は怒号や罵声ではなく、歓喜や尊敬の色を含んでいるようだった。私に向かって大仰に手をつき、何度も頭を下げている村人の中には、涙を流す者までいる。

 通訳の男に「どういうことだ」と聞くと、彼も村人たちと同じように、涙を流していた。無理やり彼を立たせ説明を求めると、「偉大なあああ、偉大な戦士よおおお」と叫び地面に倒れた。

 「何だ、何が起こっているんだ。ちゃんと説明してくれ」

 「あなたは、かつてこの村を救った、偉大な戦士の生まれ変わりです」

 「なんで私が偉大な戦士なんだ」

 「そのお尻にあるイボが、その証拠です」

 「私のお尻にイボなどない。だいいち私は生粋の日本人だ。そんな戦士の生まれ変わりなどではないぞ、彼らにちゃんと説明してくれ。あんた通訳だろう」

 「偉大な魂は時代や人種を超えて受け継がれるのです。かつてのその偉大な戦士は、奇病によって尻に大きなイボができ、若くして命を落としました。それからというもの、村人たちは独自に医学を研究しつつ、戦士の復活を待っていたのです。戦士のイボを取ることに成功すれば、村は永遠に安泰だという言い伝えを信じて」

 「ちょっと待て、イボを取るって、まさかここで取るのか。もしかして、あんたもこの部族の仲間か」

 「そうです。私は幼い頃から、下界へ降りて医学を学んできました。そのついでに、色々と観光客を物色して、戦士の生まれ変わりを探していたのです」

 「私はやらんぞ、絶対に。尻にイボなどないし、戦士の生まれ変わりなどでもない」

 「もはや誰でもいいのです。村人たちには、平和をもたらす戦士の存在さえあれば、それでいいのです……」

 通訳が言い終わるか否か、村人たちは私を担ぎ上げた。そして歓声とともに、村の奥へと進んでゆく。やがて私を担いだ村人たちは一軒の家の前で止まり、中にに入っていく。家の中には藁でできたベッドのようなものと、その隣には高枝切りバサミが置いてあった。

 「ちょっと待った。手術って、もしかしてあれでやるのか」

 「そうです。これはわが部族に古くから伝わる、メスのようなものです」

 通訳の男がハサミを両手で持ち上げて言った。目の前が真っ暗になる。

 「違う、それはメスじゃない。それの名前は高枝切りバサミと言うんだ。庭の木や枝を切るもので、お尻のイボを切るものではない」

 「木を切るほどの立派なメスでないと、あなたのお尻は治りません」

 「いい。治さなくていい。そんなので切られる位だったら死んだ方がましだ。頼むからやめてくれ」

 情けないが、私の声は恐怖に震えていた。幸い手術が始まる前に目が覚めたが、私の夢はどこに向かおうとしているのか。

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