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悪夢が終わらない

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この物語は実話です。
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2020年7月の記事一覧

感染する夢

 八月八日(月)田渕

 またまたまた妙な夢を見た。

 部屋でテレビを見ていると背後に視線を感じたので、振り返ると砂原君がカーテンの隙間からこちらを見ていた。話しかけようとすると、さっとカーテンを閉められた。

 部屋にいる誰にともなく、「今日も暑いねえ」と言ってみるが、返事はない。「ねえ、砂原君」と付け足すと、かろうじて「はあ」と気のない返事。

 「若いから余計、こんなところに何ヶ月もいるの

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老人はイボ痔の夢をみるか?

 八月九日(火)大沢

 同室の田渕さんがたまに昼寝しながらうなされている。その際、かなりはっきりと寝言を言うのだが、同室の人間は慣れているらしく、誰もつっこまない。どんな夢を見ているのか本人に聞いてみると、「君は、同じような夢を見ることがあるか」と逆に質問された。

 「ないですね。もともとあまり夢をみないので」

 「そうか、ならいい」

 「イボ痔なんですか」

 僕の言葉に、田渕さんが狼狽

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よみがえる悪夢

 八月十日(水)野田

 一週間前、高校時代の友人から、奴を駅前のライブハウスで見た、というメールが来たとき、僕の思考は停止した。そして、しばらく経って動きだした頭の中は、どす黒いものでいっぱいになった。

 奴らのせいで忌まわしいものになった高二の一年間。自分にとって一番大切な領域に、よりによってあのクソ野郎が入って来たことが許せなかった。バンドをやっている僕らをバカにし続け、のけ者にしていたく

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人の病気を笑うな

 八月十一日(木)砂原

 痛風が治らず一日中ベッドの上で大人しく横になる生活が続く。これでは本当に病人みたいだ。大沢さんに「何で元気ないの」と聞かれたので素直に「痛風です」と答えると大笑いされた。

人の悪夢を笑うな

 八月十二日(金)田渕

 例の夢を見ていることを同室の連中に気取られているらしい。私が寝言を言っているというのだ。これ以上恥をかくのは御免だと、医師に夢も見ずぐっすり眠れるよう睡眠薬を出してくれるよう頼んだが、「不眠症でもない人に睡眠薬なんて出せません」と断られた。ならお前があの夢を見ろ。

女子高生と再会する

 八月十三日(土)大沢

 「二階に移ったんですか」

 振り返ると、背後に女子高生が立っていた。彼女はこの病棟の患者で、何度か話をしたことがあった。最近姿を見ないと思ったら、退院していたらしい。

 「検査の日だったんで。皆元気かなと思って覗きに来ました」

 「学校は?」

 「夏休みです。午後から部活」

 立ち話して別れ、屋上で洗濯物を干していると、再び彼女が現れた。「懐かしいなあ」と言い

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高校時代の同級生に復讐する

 八月十四日(日)野田

 夕食後から就寝までの時間に病院を抜け出し、駅前のライブハウスへ行った。本当に新井がバイトしているかを確認するためだった。

 会場はライブがこれから始まるところのようで、入口に人だかりができていた。待ち合わせしているふりをして階段を何度か行ったり来たりしていたが、いつになっても新井は現れなかった。今日は外れか。帰ろうとしたところで階段に張ってある色とりどりのチラシの中か

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君がいないとさみしい

 八月十五日(月)砂原

 夕食後に屋上へ行き、ギターを抱えた野田君と夜中十二時頃まで語らうのが日課になっていたのだが、なぜか昨日は野田君の姿が見えなかった。
 痛風が治ったこと、そして片想いしていたゼミの女が男と別れたらしいことを話したかったのだが、一時間待っても彼は現れなかった。病室を覗いても不在だったので、仕方なく十一時までテレビを見て寝た。

悪夢の占い師

 八月十六日(火)田渕

 またまたまたまた妙な夢を見た。

 気がつくと私は怪しげな部屋の中にいた。壁は一面真っ赤に塗られ、大きな牛の頭蓋骨や、槍のようなものが掛けられている。正面にある木製の小さな机には、さまざまな色と形のろうそくが立ち、あたりは大量の煙に包まれていた。

 周囲を見渡したが、ドアらしきものが見当たらない。私はいつ、どのようにしてこの部屋に入ったのか。何ひとつ思い出せない。

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入院生活で食べず嫌いが治る

 八月十七日(水)大沢

 子どもの頃から乳製品が嫌いだった。しかし入院してからは毎朝ヨーグルトを食べている。朝食に必ずついてくるからだ。そして今ではデザートとして、何の躊躇いもなく食べている。

 初めは魔が差したとしか思えなかった。なぜ食べようと思ったのかも憶えていない。いつもは手をつけずに残していたヨーグルトを、気づくと右手に持っていた。そして左手にスプーンを持ち、何かに操られるように口に入

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復讐のことで頭がいっぱい

 八月十八日(木)野田

 どうかしているのは自分でも分かっている。何かに取り憑かれたように復讐のことばかり考えている自分が怖い。しかしトイレで、洗面台で、窓ガラスに映る右目を見ずにはいられない。そして次の瞬間には必ず、新井の顔が浮かぶ。

 やはりあの男に会って清算するしかない。決着をつけなければ、きっと何にも手がつかない。人は過去にけりをつけなければ前には進めない。俺は前に進まなくてはならない

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