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音楽と言葉

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クラシックの音楽家たちによるエッセイ集。#音楽と言葉 ライター: 齋藤友亨(トランペット奏者) 副田真之介(オーボエ奏者) 馬場武蔵(指揮者) 出口大地(指揮者) 山口奏(チェロ…
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#留学

クラシックの音楽家によるエッセイをまとめた共同マガジン「音楽と言葉」

身近にクラシック音楽を生業にしている人はそういないだろう。 ・食べていけるとは思えない ・なぜなろうと思ったのか ・どんな人たちが「クラシックで食っていこう」などと思うのか 全てが理解不能だし想像もつかないだろう。アンケートサイトで職業の選択をするときはほぼ「その他」になるし、ひどいときは「その他・無職」と一括りにされる。一度だけ「アーティスト」という欄があるのを見たが随分感動したものだ。 音楽を職業にする人たち音楽を職業にする人たちは変わった人が多い。「音楽で食べ

自分にとっての室内楽

初めに書く文章として、自分が何で出来ているのかを書くのが良いような気がした。日本にいる残り数ヶ月、自分を見つめ直す良い機会として。 そして同じように日本でクラシック音楽を学び留学を考えている人や、心の底から室内楽を愛している人の目に留まればと思う。 私は9歳でチェロを始めた。 学校にある弦楽合奏の部活に入って何とは無しにチェロを選んだ。ソロを学ぶのではなく、みんなで音楽するための道具がチェロだった。始めて数ヶ月で音楽の道に進む事を決めたが、これだけでも、私を構成するものが相

大学を辞めていきなりドイツに行った話

子どもの頃から自分は芸術を学ぶために海外へ行くものだと思っていた。 実家のクローゼットを掃除していたらNHKの「月刊ロシア語講座」の本を見つけた。2003年と書いてあるから10歳の頃に買ったものだ。 買った時のことはよく覚えている。 その頃は兄と一緒にバレエを習っていて、夏になるとロシア人の先生の講習会に通っていた。 バレエダンサーになりたい、なれる、とは全く思ってはいなかったのだが、親から 「好きなことを仕事にできることが1番幸せだ」と言われていたのでその時の唯一の習い事

教授と1週間デンマークへクルージングに行った時の話

この時期にヨットクルーザーでデンマークに行かないのは3年ぶりだ。ドイツ留学での恩師ヘルムート・エルプ先生はバルト海に面したドイツ北端の街にヨットクルーザーを持っていて、毎年クルージングへ連れて行ってくれた。 門下に入る一年前にも旅行に誘ってくれ、それがあったおかげで先生の教授最後の1年に習うことができた。2019年と2018年の写真を両方とも貼っていく。 ドイツの港町 ドイツは知っての通り内陸の国で魚はほとんど食べない国だが、唯一バルト海だけはある。ハンブルクやキール、

バンベルク いいオケもおいしいビールもある南ドイツの街

南ドイツには美しい街がたくさんある。 フランクフルトから西に2時間ほど、留学していたヴュルツブルクから1時間ほどのところにバンベルクという人口7万人ほどの小さな街を紹介しよう。 ヴュルツブルクと同じくフランケン地方でオーバーフランケンと呼ばれる地域で、ドイツで最も美しく保存されているとも評される旧市街はユネスコ世界遺産に登録されている。 バンベルクの旧市街 バンベルクの旧市街は伝統的な木組みの家と石畳というスタイルになっている。街は川で囲まれており、城壁の代わりと