メリー

***

 某国某所、人里離れた山奥に世界中の誰もが知らない、たった一つの目的を持った秘密結社がある。
 彼らの事は世界中の誰もが知っている、知らない人間はまず居ないだろう。そんな秘密結社がある。

 カツン、カツン、カツン。
 朦々と蓄えた真っ白な髭にでっぷりとした巨大な腹、紅白の衣装を身に纏い杖を突くひとりの老人がキャットウォークを行く。

「諸君、私はよい子が大好きだ。諸君らは如何かね?」

「メリー!」

 問い掛けるのはただひとり、それに対する答えは数え切れないほどの多数。
 だがしかし、その全員が寸分違わず一致した答えを叫び揚げる。

 当然である、彼らにとっては当然の事である。
 そして彼らにその問いを投げたのは始まりの祖なのだ、この場に居る全員が彼に惹かれ、彼に憧れ、彼の後を追った者達だ。
 だからこそこれは当然の答え。

「諸君、私はこの仕事が辛くて辛くて堪らなかった。一体これまでに何度ソリを降りようと思ったことだろうか」

 だからこそ、彼らの動揺もまた当然であった。

「我々はこの仕事を誇る事は出来ない、当然である。我々はメルヘンでなければならない、ユメでなければならない、キボーでなければならない! 絶対に、絶対に現実であってはならない! 誇りを持っていなければ成らない!」

 老人はそこで息を区切り、眼前に居揃う同氏達を見回す。

「なのに、然るに、我々はそれを誰にも誇るわけにはいかない。辛い事、苦しい事も多かろう。番犬に吠え立てられ、不審者に間違われ、警官に通報され、パンダに追い回され疑惑に満ちた目でねめつけられ胡散臭そうに質問攻めにあい、なのに! なのに、何を言うことも出来ない!」

 皆にもその記憶はあったのだろう。
 誰も彼もが歯を食いしばり、拳を握り締め堪えながらただひとりの老人をじっと見詰め続ける。

「本当に何度ソリを降りようと思ったことか解らないが、降りられなかった。諸君、私はよい子の笑顔がたまらなく、たまらなく大好きだ。諸君らは如何かね」

「メリー!」

「だからこそ、その為ならばどんな困難にも、苦難にも立ち向かう事が出来る馬鹿野郎が我々だ。貴様らだ! その果てがこの私だ! さぁ今年も聖夜がやってくるぞ大馬鹿野郎ども、ユメとキボーとカクゴは満ち足りているか!」

「メリー! メリー! メリー!」
「ハッピーメリークリスマス! クリスマス!」

 神は天に居まし、世は事もなし。今年も世界のよい子に笑顔が溢れますようにと来たものだ。嗚呼、ファッキンサンタクローズに幸いあれ。


 今年は残り一ヶ月で用済みになり、今年がくたばった途端に新しい年がおんぎゃあと産声をあげる。
 仕事が少々忙しくなったり暇になったり、ボーナスが入ったり入らなかったり、忘年会に誘われて疲れたり誘われなくてしょぼくれたり。人々にとって今年の後悔と来年への期待が入り乱れて、少し楽しくなったりするかもしれないそんな時期。

 しかし彼らにとってそれは違う、一年とは毎月世界中の子供のよい子・悪い子指数を集計し、最終的にそのトップ十四万四千になる子供達の住所と願いとプレゼントを用意するための時間である。
 我々にとって一年とはたった一日一夜のためにある準備期間、助走区間でしかない。

 さぁ今年もたった一日限りの我々の隠れた晴れ舞台が、わずか一夜限りの本番が迫っている。


「ありがとうございました初代。どうにもまだ不慣れなものでありまして、私では皆を活気付けるのは難しく……」

「いやなにこの程度。若いものには若いものなりに出来る事があり、老いぼれには老いぼれなりに出来る事がある。そしてそのどちらが掛けても我々の望むものは叶わないだろう? 今年も君は前線に出るのだったね」

「駆けずり回る程度しか能の無い私であります故。正直どうして私なぞが継ぐことになったのやら未だに解らない部分もありまして、今はそれを探してただ走るのみであります」

「はっはっは、青い鳥を探して走り笑顔を配るか。まさに若人の特権、今しか出来ないことだよそれは。出来ることがあるというのは素敵なことではないかね。その小さなステキの積み重ねがキセキとなり、キボーとなり、それを世界中に振りまくのが我々の使命でもある」

「まさに馬鹿げた理想、素敵な夢物語ですな」

「大馬鹿結構。この身体では私は前線に出る事は敵わないが、この世によい子が居る限り私に出来ることを成していくつもりだよ。一年をよい子に過ごしたみんなにステキな笑顔がありますように、メリー」

「メリー」


***


 十二月二十一日、決行の時は近い。
 毎年この頃になると世界各地に点在している施設はどこも大荒れである。

 既に綺麗にラッピングされている大量のプレゼントとその届け先の最終チェック、チェックが済んだものから地域ごとに分けて袋に詰めて各地に向かう大型の魔法の輸送用ソリに積み込んでいく。
 魔法のソリと言っても時代は刻一刻と変化する、昔の様に木のソリを引っ張ったトナカイがこの基地から世界中に向かって大量に飛び立つのも今は昔の話しである。
 基地内には実に多くの魔法のソリが目白押しであった。エイの様な形をした魔法の輸送用航空ソリや、クジラみたいなフォルムの海中を進み魚雷まで発射できる魔法の輸送用潜水ソリ。他にも整備された道路なら時速200キロで爆走できる魔法の輸送用大型トレーラー型ソリなどもあった。

 膨大な単純作業、しかし万が一にもミスは許されない。何故なら我々のこの手には世界のよい子の笑顔がかかっているのだから。

「もたもたするな、馬車馬も真っ青な勢いで働けファッキンレッズ! 気合を入れろ、ぶっ倒れても気合で動け! この一年の集大成だコンチクショウメリー!」

「俺、この任務が終わったら俺ん家のよい子と一緒に今年の死に様を見取りにいくんだ! それもネズミの亡国でだ! そぉら四万六千番台が詰め終わったぞ持ってけメリィ!」

「可愛くもねぇよい子の娘と、腹の弛んできたよい子だった嫁さんの三人でマウスパレードか。畜生こちとら一人身だ! 存分に幸せになりやがれファッキンメリークリスマス!」

「おいまて、四万六千つったらそっちじゃねぇ! エイじゃなくてそりゃクジラに乗せんだよ戻ってこいコラァ!?」

 時間的にも精神的にも体力的にも余裕がないため色々荒れてはいるが、ここに居るのはどいつもこいつも見ず知らずの笑顔のため人生を捧げているお人よしどもである。
 汚い言葉で発破を掛け合い、汚い言葉で互いのハッピーを祈りあい、しかしお人よし故にどこか抜けている者も多くこの手のトラブルは各所で多発していた。
 が、これはこれでみんな実に楽しそうに作業をしている。祖曰くハッピーを配る我らがハッピーでなくしてどうするのか。


「ッしゃぁこれで内陸大体終わったぜ。次はアジア地区だ、南の方からドンドンやってくぞ! って、おい、誰かアジア地区のチェックリスト知らねぇか!?」

「お前なんで自分ごとラッピングして袋詰めしてんだ、敵前逃亡はクリスマスプティングに詰めて死海遊泳だぞ!? 誰かカラメル持って来いトビッキリ甘い奴だ、このリクルートレッズに赤服の世界を叩き込んでやる!」

「おいユーラシア・極東用のソリの燃料が足り…… やべぇ、こいつァやべぇぞ! おいそこの新入り今すぐ上行ってどっかから回せないか聞いて来い!」

「イェス! メリー!」

 ユーラシア大陸、及び極東方面に飛ぶ予定の魔法の輸送用航空ソリは、エイの様なフォルムをした大型航空機XB-Oフレスベルク……にとてもよく似た形をした、今年配備されたばかりの新型魔法のソリだった。無論、動力はトナカイではなく最新鋭科学技術が濃縮されたファンタジーの産物である。

 実はこれ、配備する際非常に揉めた一品であり、主に一部からの反対や疑問が多数寄せられたものである。
 事務官たちの問うた莫大なコストに関しては”ユメもキボーもあっていいじゃない、ベルカだし!〟の一言で片付いてしまったのだが、それを聞いたとある輸送班操縦士の”気化爆弾は嫌だ……〟という、とても小さくて実感の篭った呟きがしばらくのあいだ物議をかもしたとか何とか。
 最終的には配備の方向で決まったわけだが、鬼神や妖精が現れない事を祈るばかりである。


***


 十二月二十三日。
 本番前日ということもありエイジェント諸君は英気を養っているかと思えば、そんなことはなく誰も彼もが慌しく駆けずり回っていた。
 当然である。プレゼントを配るのが二十四日なのだからそれ以前から動き出さねば、世界各地に同時に笑顔とハッピーを行き届かせる事は叶わない。

 そんな訳で今はロマンとファンタジーの詰まった魔法の輸送用色んなソリがプレゼントを満載して、世界各地を駆けずり回っていた。駆けずり回っていたのだが、トラブルは有象無象の容赦なく逃がしはしないのである。
例えそれが笑顔を配るエイジェントだとしても。笑顔を守るエイジェントだとしても。


 大の空戦ゲーム好きが高じて我らが暴力装置のパイロットにまでなってしまった男、笹木太郎は我が目を疑ってしまった。
「おいおい、俺はついにおかしくなったのか? アレ、昨日モニタの中で焼いた覚えがあるんだが……」

 アンノウンの発見と同時にスクランブル要請を受け、先日開発を終え実装されたばかりの哨戒機XP-1を駆ってホワイトクリスマスの暗い夜空へと飛び立った。そこまではイイ、マニュアルの通りの対応をすればいい、任務の内である。
 だがくだんのアンノウンが、どっからどう見ても某大人気空戦ゲームで見た覚えのある空想航空機にしか見えないのはどういうことだ。これはマズい、どう足掻いたってアンノウンがXB-0だったときのマニュアルなんて用意されてはいない。
 例えばどこぞの河川上の大海獣だとか、空飛ぶ金ピカだとかを見つけてエンゲージと叫び、真っ黒に侵食された空自の小林さんは今の自分と同じ気持ちだったのだろうか。

 ちらほらと雪が舞いはじめ、ホワイトクリスマスを予感させる冬の空。
 そんな夜空の中で笹木太郎の眼前には、幾度となくゲームの中で気化爆弾をぶちまけては地面に落としてきた、見覚えのある巨大な黒いエイのような機体が悠々と夜空を往くのであった。
 さぁて、どうしたものか。とりあえずお仕事は真っ当しよう、そんで早く帰ろう。


「賄賂を取らない警察と軍は例外なく優秀だっていうけど、幾らなんでもコイツを亜音速で補足しちゃうのは優秀すぎるんじゃねぇか……?」

 夜空を悠々と往くエイの中では、悠々どころか戦々恐々と言った面持ちで初老の男性が操縦桿を握っていた。
 まさにロマン、まさにファンタジーな超次元スペックと超次元燃費の悪さを誇る新型魔法の輸送用航空ソリがいとも容易く発見されてしまったのである。もちろんステルス性能だって超次元べらぼうに高い、流石に予想外すぎてどうしようもない。

「アンノウンに告ぐ、ここは日本国制空権である。所属と目的を明らかにし、此方の誘導に従いなさい」

「……と言われてもな、俺らはファンタジーでなけりゃならねぇのよな。つまりは答えられるわけもなしってか。というかアレ、旅客機じゃねぇの? なんで旅客機が軍隊にいるんだ? トーヨーのシンピか?」
 となればやる事はひとつである、兎に角全速力でぶっちぎって逃げ切るのみ。燃費の悪さは性能の変態さである。さぁ新型の本気を見せてくれよ、間違っても旅客機なんぞに負けてくれるなとばかりに初老のサンタは出力を引き上げた。

「アンノウンへ、再度警告する。ここは日本国制空権内であり、貴機は其れを犯している。直ちに所属と目的を明らかに……!? 逃げ切る気か!」


「おい、おいおいおい。後ろにって……うっそ撃ってきやがった! ジパングの旅客機どうなってんの、なんで機銃ついてんの!?」

 P3-C、それは海に囲われ、ついでに不安要素にまで囲われた国である日本が、日本のために作り上げた最高レベルの対潜性能を備えた哨戒機。
レーダー、ESM、赤外線探知システムなど各種の対潜捜索・探知装備とこれらの情報を総合的に処理する大型デジタル・コンピュータを搭載し、対潜爆弾、魚雷、対艦大型ミサイルなどの大型武器も搭載できる対潜モンスターである。
 ただし見た目はちょっとスマートな旅客機に見えたりもする。

 その後継機として開発、実装されたXP-1もP3-Cと同じくちょっとスマートな旅客機に見えてしまった。と言うか先代のP3-Cよりもずっと旅客機っぽかった。素人目にはどっかの空港で普通に客と荷物を積み込んでそうな機体にしか見えないくらいにアテンションプリーズである。


 空自の対応は基本として警告⇒再度警告⇒威嚇射撃⇒警告⇒レーザーでの威嚇⇒最終警告⇒実弾射撃である。
 初老のサンタはロマンを守るためとはいえ、再度警告までを無視してしまっていた。かと言って良い子たちのロマンを守り、笑顔を届けるためには例え撃墜されたとて正体を晒すわけには行かない。

 再度警告する、ここは日本制空権内であり……ジパングマジック満載の旅客機(XP-1)は尚も同じ警告を繰り返しつつ、ウィーンガッチョンと男の子ならときめいてしまいそうな動作をしだした。
 即ち、機体下腹部からなんか出てきたのだ。つまりはレーザー砲っぽい何かが。


「おいおいおい、レーザーでの威嚇って普通照準レーザーとかだろ!? なんでレーザービームなんだよジパングやべぇ!」
「うっわ何あれ! やべぇ、ジャパニーズエアラインやべぇ! レーザー積んでるよ男の子のロマン満載だよ誰か助けてええええええええええ!?」
「機長、機長落ち着いて。落ち着けってんだよおっさん! あとなんかレーダー見ると前方からも来てますよ!?」

 言われてみれば確かに前方からもなんか来ている。よーくログを見るとロシア国内から何かがコッチに向かって飛び立ったらしい。舞台はいつのまにか北の大地ホカイドーを越えてもうすぐ北の大国である。更にやばい。
 後ろからは男の子のロマン、レーザービームが”これ本当に威嚇射撃?〟って勢いでビュンビュン飛んでくるし、絶対パイロット楽しくなっちゃってるよなコレ?それに加えて次はピロシキのご登場とかマジ勘弁。 
 前門の虎、後門の狼とはこのことか。

「アンノウンに告ぐ、所属と目的を明らかにせよ。次は威嚇射撃ではなく撃墜する。」

「野郎どもしっかり捕まってプレゼーンツ押さえとけぇいいいいいい! 振り切るぞおおおおおおおおおうううう誰かお助けえええええええええええええ!?」

「アンノウンに告ぐ、そこより先は我がロシア制空権である。所属と目的を明らかにされたし」

 やっぱり、予想通りの展開ではあるが途轍もなく係わり合いになりたくない相手に見つかってしまった。ホテルモスクワも真っ青な現役ロシアンアーミーである。


「ちっくしょー同じアカいもん同士だろ! 今だけは見逃してくれたってバチは当たらねぇじゃねぇかよ、なあおいいいいいい!?」

 この後ロシアンアーミーにこれでもか! といわんばかりに追い回されたり、救援に現れたノーズヘッドのみを真っ赤に塗ったSu37……にとてもよく似た魔法の戦闘・警護用トナカイとロシアのブラックバードがマクロスにも負けず劣らずのドッグファイトを繰り広げたり、アカの老兵パイロットとアカ鼻のトナカイの中の人が意味ありげな会話をやりとりしたり、老兵と中の人が後日どこぞのシガーバーで一杯ひっかけて昔語りに興じたりするのではあるが、それはまた別のお話。


「アンノウンの制空権外への撤退を確認、これより帰等する。以上……っと。さぁてこのトンデモ事態、報告書仕上げるのにどんだけかかるかなぁ……」

 今年のクリスマスは愛する妻と子の三人で迎えたかったのだが、果たして間に合うのだろうか。去年も仕事で家に居られず、今年こそはと約束したのが先週だったはずである。
 ともかく一家の長としての対面を保つため、そんで愛する母国のために全力全速で報告書を仕上げてしまおうと決めた笹木太郎であった。

「……そういやXB-0のことどうやって書こう、まさかエースコンバットとか言えたわけもねぇし」
がんばれお父さん。


***


 十二月二十四日、極東域、T都某所。
 嘗てサマラーイがブシドーを掲げ、タヌキが都を築いた地でよい子に笑顔を届けるエージェントは忍者の末裔達だ。

 時代が変われば人も営みも変わる、それに合わせてサンタも変わる。
 よれたスーツに身を包んだ赤くないふたりのサンタは肩を組み、安っぽい皮のカバンにプレゼントを詰めて夜道を行く。

「うあー、ちくしょう何だってクリスマスにてめぇみたいなムサい男と飲んでんだ……あーもー次行くぞ次ぃ!」
(よし次の良い子に向かってれっつらごー、だ)

「イノウエさぁん、そーいえば一郎くんのプレゼント何にしたんですかぁ? やっぱ欲しがってたゲーム機ですかぁ?」
(次の良い子は一郎くんで、プレゼントはゲーム機ですね)

 酔いどれのサラリーマンを装い、どーでも良さそうな会話に見せ掛けて意思の疎通を取り、裏道のゴミステーションでゲロゲロするふりをしつつ後援部隊が用意してくれていた一郎くんのプレゼントを回収。
 町並みに溶け込みあくまで目立たぬよう風景の一部として移動を続けてたどり着いたのは次の良い子、一郎くんのお宅である。
 ちなみにイノウエさんは本名ではなくあだ名で、由来はこの辺りで唯一の伊賀の上忍ってだけである。

 油断無く周囲を確認したふたりは一瞬で酔っ払いの仮面を脱ぎ捨て、高い塀を軽々と飛び越える。
 庭の小屋で丸まって寝ているブー太(ポメラニアン・♀・一応番犬)に気取られぬよう足音と気配を殺し、塀から屋根へと伝い歩き、ルパンも真っ青なピッキング技術で窓を開けば一郎くんのお部屋である。

「さぁて、今年一年良い子だった一郎くんにゲームのプレゼントですよ」

 世界最高水準の暗殺技能と体術を密かに受け継ぎ、一滴のアルコールも取らずに酔っ払いを装い切り、人に見られているのに誰にも意識されずに街を往く超人もこの瞬間だけは柔らかな、穏やかな笑顔を零さずにはいられない。
 それもそのはずである、だってそんな超絶技能の全てを良い子の笑顔のために使っているお人好し忍者だもの。

 しかしイノウエさんにはまだ行くべき所がある、まだまだ笑顔になるべき良い子はいっぱい居るのだ。柔らかな笑顔も一瞬で消し去り、サラリーマンテイストな赤くないエージェント・イノウエさんは夜を往く。
 そんな憧れの先輩の背中を追いかけ、また肩を組んで酔っ払いのふりをしながら後輩森下は演技を再開する。

「せんぱぁーい、俺先輩のことホント尊敬してるんすよー。俺この仕事入ったのもイノウエさんに憧れて入ったんすからぁ」
「ばっか森下てめっ! ぶら下がるな自分で歩け気持ちわりぃな……おーらイノウエさんもう一件行っちゃうぞおおお」
「お供します先輩! どこまでもお供しますせんぱああああああああああ……うっぷ、きもちわる……」
「もりしたああああああああ! この距離でリバースはやめろおおおおお」

 そうだ、とにかく今夜はイノウエさんと走り回ろう、走り回って笑顔を配ろう。そんでこの任務が終わったらイノウエさんと一緒に、缶コーヒー片手に背中丸めて煙草を吸おう。
 人知れぬ男達の、これはそんな些細なブルース。


***


 十二月二十五日、夕刻。

「ただいま花子さん、思ったより遅くなっちゃったね」

「お疲れさまです、ご飯の用意できてますよ。宗太、そうたー? お父さん帰ってきたわよー?」

 何気ない家庭の風景、ここ笹木家では一日遅れのクリスマスパーティである。

「父さん遅いじゃーん、今年こそ二十四日は休むつってたのにさぁ……」
「いやごめんごめん、そのかわり約束の買ってきたからさ。な? ケーキ食べたら一緒にやろうな」
「仲がいいのは構わないんですが、テーブルでゲームの話しばっかりするのはやめて下さいね?」

 ゲーマーの父子は無邪気に元気にゲーム談義に花を咲かせ、それに呆れながらも見守る母。笹木家のいつもの食卓の風景だった。


「そーいやさ、一郎がさ」
「ん、一郎くんがどうした? っとサイト発見、割合充実してんなぁココ」

 ケーキも食べ終わり、父はPCで情報収集、息子はコントローラーを握ってゲームをプレイするいつものスタイル。

「いやさ、なんかプレゼント貰ったらしいんだよね。でもおじさんでもおばさんでもないらしくって、いつの間にか枕元に置いてあったって。なんか気味わりーって言ってた」
「謎のプレゼントか……サンタさんでも来たんじゃないのか? ほら、今年は一郎くん中学受験だろ、勉強頑張ってたしさってうわぁ……そーたデメキン気をつけろ、デメキンやばい、呪いやばい! あとプレゼントってなに貰ったんだって?」
「ゲーム機、って言うか何故かメガドラ。確かに新しいゲーム欲しいって一郎言ってたけど何でメガドラなんだろうなぁ……デメキンどうしたの」

「太郎さーん、お風呂沸きましたよー」

「メガドラかー、懐かしいなぁ。デメキンなぁ、呪い食らったらHP半分になるって、しかも治らないって。しかし何でメガドラ」
「まじでか! いやでも確かに呪いってそういうもんか……? 教会ピロリンで解けるなら貞子なんて怖くないかもだし。メガドラは俺よく知らないんだよなー、名前くらいしか」
「何が怖いって、父さんはこのシステムでもユーザーはついてくるって信じて疑わないフロムスタッフが何より怖い。超怖い! あとメガドラは名作結構多いぞー、今じゃ本体自体がレアだけど」

「太郎さーん、ゲームは一回お休みしてお風呂入ってくださーい」

「……なぁ父さん、またカエルの徘徊音してる気がする。俺今すっげぇ変な汗出てる気がする。一郎メガドラ売っちゃおうかとか言ってたけど、今度中古漁りに連れてってみるかなー」
「このカエル、下手なボスより緊張感あるなぁ……とりあえずファンシースターは鉄板、父さんの趣味だとレンタヒーローもいいぞ。あと怒られる前にちょっとお風呂行ってくるわ」

「太郎さーん! お・ふ・ろーッ!」
「はーい!」

 父が居ない間に進めてしまうのも難だよな、と仲良し父子の子は一旦ゲームを中断し、父が戻るまでの暇つぶしを探す。
「ちっくしょうデメキンガエルこえぇよ……んー、ひさびさにエスコンやるかな。あ、カエルの恨みをヒラメで晴らすか。えーっと気化爆弾持ってるのは……」

 名作空戦ゲーム、エースコンバットゼロ。
 エイだのヒラメだの何故か魚類っぽく言われるXB-Oフレスベルクは、今日も今日とて憂さ晴らしにどこかのモニターの中で気化爆弾をお見舞いされるのだった。ちゅどーん。

「……でもやっぱ、今時メガドラはねぇよな」

 少年少女は大人の気持ちにもう少し気付いてあげるべきだとは思うものの、これも今しか出来ない後になって思い返せば恥ずかしさと申し訳なさの詰まった思い出になる日々である。
 一郎くんと宗太くん、そして世界中の良い子にイノウエさんたちの心が届きますように。

 ハッピーメリークリスマス


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