希望の牧場__

東日本大震災から9年―いのちという基底

1、あれから9年―私達は何を?

東日本大震災から9年が経とうとしている。あの大惨事を経た私たちは、この年月をどのように生きてきたのだろうか。そして、どのように生きていこうとしているのか。それを決めるのは何か。
答えは、案外単純なのかも知れない。私達は「何を大切にしているのか」。それがすべてだ。ただ、それだけだ。

2、3.11は「いのちの日」

3月11日は「いのちの日」だった。しかし、私達はその原点からずいぶんと遠ざかってしまったのではないか。「喉元過ぎれば」では済まない。なぜならば、まだ何一つ「過ぎ去っていない」からだ。私自身、その答えを常に確認していないと時代の波に飲み込まれてしまいそうになる。あの日生まれた公益財団法人共生地域創造財団は、現在も二十数名のスタッフが石巻、大船渡、大槌、陸前高田で踏ん張っている。「踏ん張っている」と言うのは、国の復興関連事業が次々と終わっていく中で、「終わっていない」あるいは、「始まっていない」という思いがあるからだ。私自身、この財団の代表者であるが、最近は東北を訪れる回数が減っていることに愕然とする。まだ、終わっていないのに・・・。

3、希望の牧場の問い

福島県浪江町の山裾にその牧場はある。「希望の牧場」と呼ばれている。そこには三百頭以上の牛が今日も「生き続けている」。私がその場所を初めて訪れたのは、震災から7年が経過した2018年春のことだった。
2011年3月11日の東日本大震災の翌日、福島第一原発1号機が爆発した。原発から20km圏内が警戒区域に指定され、町から人の姿が消えた。「希望の牧場」の元は、エム牧場浪江農場で、原発から14kmにあった。警戒区域には、牧場が多く存在し、多くの牛や豚が飼育されていたが、半数以上は餓死したと言われている。また、所有農家の承諾を得たうえで殺処分された牛も多いという。
農場長だった吉沢正巳さんは、この殺処分を拒否。町中が避難した後も牧場に残り牛の面倒を見続けた。吉沢さんは「ここの牛はもう売れないから経済価値はない。家畜でもペットでもない。動物園にもならないよね。なんのために飼うのかと、俺自身考え続けた。でも、俺は牛飼いとして殺すわけにはいかないんだ」と言う。「殺すわけにはいかない」という言葉が重い。現在では「希望の牧場・ふくしま」は、一般社団法人となり、全国からのカンパで今日も牛たちを生かし続けている。
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4、「いのち」という絶対的価値**

東日本大震災では、死者・行方不明者を合わせて24,585人(2019年12月時点)が犠牲となった。放射能の惨禍を考えると改めて大変な事態だと改めて思わされる。あの日、私達はすべてのモノがそぎ落とされたように「いのち」に集中していた。なにはともあれ「生きている」ことの絶対的な意義と価値を理屈抜きで理解した。それこそが死んでいった人々に対する「責務」のように感じた。
だが、あれから9年、私達は「いのちよりも大切なものがあるかのような幻想」に再び生き始めている。このように言うと「そんなきれいごとを言ってもね」とすぐさま反応が返って来るが、それでも「それは幻想だ」と言いたい。なぜなら9年前、確かに私達は「いのち」という絶対的で普遍的な価値の前で素直にうなづいていたからだ。私達は「生きている」ことの意味を噛みしめていたからだ。
「経済価値がない牛」を生かし続ける吉沢さんや希望の牧場の姿は「生きる意味のあるいのち」と「生きる意味のないいのち」を分断する今日の日本社会を静かに問うている。もうすぐ、相模原事件の判決を迎えるが、あの事件を2011年3月11日から振り返ることが必要だと思う。あるいは1945年8月15日から見つめ直すのだ。

5、私達の基底

「いのちの底が抜けた日」、私達はそれこそ(いのち)が私たちにとっての「基底」であったことを知った。それ(いのち)が無ければ何もない。経済もクソもない。オリンピックも復興も、すべてはこの「基底(いのち)」が無ければ成立しない。今年も3月11日を迎える。思い出すとつらくなる人々が少なくないことを知りつつ、それでもあえて言う。「私達はあのいのちの底が抜けた日を心に刻まねならない」と。


※NPO法人抱樸は、公益財団共生地域創造財団と協働で生活困窮者への生活資金等貸付(無利子・無担保)などを行っています。また、各地の災害の支援も協働で実施しています。


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