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彼岸花の守り人 

 六畳一間のアパートで、相棒のアキトと夕食のメニューについて揉めていたら、畳の上の二人の影が波打ち始めた。「影喰い」が騒ぎ始めた合図だ。
「よし! 先に影喰い倒した奴が夕食決めていいって事にしよう! 俺、ピザね!」
そう言うが早いか、アキトが自分の影に足から沈み込んでいった。冗談じゃない。今日は肉じゃがの気分なんだ。俺は自分の影をくぐり抜けて、影の世界に急いだ。
 影の世界は空も地面も黒のグラデーションでできていて、ただただ、平らな地面が広がっているだけだ。しかし、今日は俺とアキトの足元から遥か遠くの地平線に向けて、真っ赤な彼岸花が点々と咲いている。影喰いに食われた影の成れの果てだ。影を食われた人々は、今頃、深い虚無感に陥っている事だろう。最悪の場合、自死や他殺に向かう有害な虚無感だ。
「あっちだ!」
アキトは咲いている彼岸花を辿って、バネの入ったおもちゃのように、ぴょんぴょんと跳びはねていった。影の世界に入ったアキトは身軽で、一回のジャンプで十メートル近く進んでいってしまう。俺は被害確認の為に、足元にある彼岸花に触れてみる。影の世界にくっきりとした存在感を見せる彼岸花は、俺が触れると、キラキラとした水滴を涙のようにこぼした。これがあるうちなら、まだ、助かる可能性がある。影喰いを殺して、腹の中で未消化になっている影を解放すればいいだけだ。水滴も出せない程に花が乾き、散ってしまう前に事を済ませなければいけない。
「アキト! 影喰いはいたか?」
俺はアキトに声をかけながら走りだす。走りながら、手に力を集中させ、武器である大鎌を出現させるのも忘れない。今度の影喰いはどのような攻撃をしてくるのだろうと思った時、前方から蛙が潰されたような声がして、俺の目の前に何かがボトリと落ちた。それは人間の右手で、アキトが愛用しているサバイバルナイフをしっかりと握っていた。
【続く】

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