見ろ、このカモシカのような足を。
父は私が子どもの頃から、会社の若い事務員さんなどから、よくモテていた。
近所の友達にも
「ともちゃんのお父さん、かっこええな!」
とよく言われていて、たしかにスラッとして、故 逸見正孝アナウンサーにそっくりで、運動が得意で、人当たりも柔らかかった。
外見はそんなだったが、父も相当変な人だった。
時々、母がいない時を見計らって、学校に上がる前の私と弟を呼び寄せて
「おい、足を見せてみい」
と言うのだった。
私たちが大人しく裸足の足を突き出すと、
「お前はアカン!お母さん似や!これじゃあ全然アカン、運動音痴の足や。」
と私の足をこきおろす。
続いて弟の足を眺め
「お、お前のは見所がある。お父さん似や!」
とジャッジを下し、さらに自分の足を見せつけ
「ほら見てみぃ、お父さんの足を!カモシカのようなこの美しい足を!足首がキュッと締まって美しいやろう。お母さんの足なんか、あんなもんはダメや。」
と、幼子に対して意味不明な足自慢をする習慣があった。
そう、週に一回とか、月に数回とか、たまに呼ばれて足を出せと言われ、自分の足の美しさをほめたたえる、という、今思えば意味不明な習慣。
まだ幼稚園生とか、その辺の頃から、中学生になる頃まで度々行われていた。
私たちは子どもだったので、父の話に合わせて
「へぇ、すごい」
と言ってみたりしていたけど
お母さん似だと言われた私は、なんとなく気分が悪かった。運動が得意な父や弟と違って、足は遅いし運動も苦手だったので、なんかヤな感じ!と腑に落ちない気持ちになりながらも、なぜだろう…この茶番に付き合ってあげていた。
というのを最近、急に思い出して
「あれって一体…?」
と考えてしまった。
恐らく、口では絶対に勝てない母親への対抗心を、子供を使って影ながら発散していたのだろう。
見てみぃ、お父さんのこの、カモシカのような美しい足を!
…弟がこのことを覚えているかどうか、今度聞いてみようと思う。
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