最初の一ヶ月 ― 違和感メモ ―

あたながどのような立場で海外赴任しようと、最初の一ヶ月は様々な「違和感」に襲われます。自分の考える「ふつう」と、そこでの「ふつう」が大きく異なります。これは、小さいところでは、コピーのとり方、文房具の入手方法といった日常の細々したことから始まり、報告や会議体のあり方、共有されている情報や課題のレベル、課題に対する重大性の認識と優先順位の付け方、課題に対する対処方法やそのスピード感、などなど挙げればきりがありません。違和感を感じないで済む部分の方が少ないといっても良いぐらいでしょう。

私が推奨する行動は、

最初の一ヶ月間に感じる違和感を、もらさずメモすることです。
「違和感メモ」と私は読んでいます。

その際、どういう事象に遭遇して、どのような違和感を感じたか、自分が考える「正しい姿」や「ふつうの有り様」と、どのようなギャップがあるのかを感じたままメモすることをお勧めします。メモには「??」や「?!」といった自分で決めたタグを付けると後でフォローしやすいでしょう。
違和感を最も強く感じるのは、もちろん最初に経験した時です。この時に、すぐにメモをしておかないと、二度、三度とそれを繰り返すうちに、人間の優れた順応性によって、違和感が薄れて行ってしまいます。典型的О型的性格の私は、「それもありかな。」と、殆どの事をさらりと流してしまいがちですので、メモをしておかないとすぐに忘れてしまいます。
最初の印象や直感を大切にしてください。
そしてそれを忘れないようメモしてください。

違和感が自分の感情をかき乱すほど大きい場合、例えば、仕事が終わって家に帰って食事をしたりTVを見たりしていても気持ちの切り替えができず、その事が頭の中をぐるぐると回っているような状態を自分で意識した場合には、自分の驚き、不安、恐怖といった自分の持つネガティブな感情をいったん紙に書いてみましょう。書くことには気持ちを落ち着かせるという効果があります。奥野寛之氏は、自分の不安を記すという行為が「セルフカウンセリング」となり、精神安定作用がある、と著書の中で述べていますが、違和感メモは日記を書くことと同じ効果が得られるように思います。是非セルフヒーリング(癒し)のツールとしても活用してください。

更にこの違和感メモは、あとから読み返した時に二つの効果をもたらします。一つ目は、自己の成長やダイバーシティへのキャパシティ(多様性受容力)の深化を確認すること。もう一つは、忘れてしまった原点を思い出すこと。
これは、思春期の日記を眺める行為にも似ています。思春期から大人に成長する過程で獲得した、生きていく上での知恵や社会性、その一方、社会の荒波に揉まれる中でどこかに忘れ去った純粋な理想。昔の日記を読むと、「成長」と「喪失」の二つの感情の波がこころ中でわき起こります。

私は、このような成長と喪失のプロセスを以下のようなたとえ話にして、自分自身に物語っています。

『ここは戦場。熱帯雨林ジャングルにある最前線基地。輸送用ヘリから降り立った場所は、この世の地獄とも思える劣悪な場所。「来るんじゃなかった。」と思わずつぶやいた。灼熱の太陽が容赦なく肌を照りつける。ここにはシャワーなどある筈がない。「水を浴びたい。」近くを流れる河が目に入った。河底が緑色のヘドロで澱んでいる。「こんな汚い河に入るぐらいなら死んだ方がましだ。」と思った。
ところが目の前で古兵たちが次々とヘドロの河に入っていく。顔を洗っている奴さえいる。俺は持参した水筒の水で顔を濡らした。「最低な場所に来た。」これが俺の初日である。
あれから半年。俺は今日もこの河で身体を洗う。そして河底のヘドロ掃除。これが俺の日常だ。半年前より河はキレイになった気がする。河のほとりで俺たちを異常なモノを見るかのように眺めている奴らがいる。新兵の奴らだ。奴らも直に俺たちの仲間入りだ。ただ、俺が仲間と違うことが一つある。俺は顔だけは洗わないようにしているんだ。理由かい? 目が濁るのが嫌なんだ。』

 下手な物語ですみません。
汚い水にも慣れなければなりません。目の前の現実は受け入れなければならないのです。でも汚い水に毎日浸かっているうちに自分の目が濁ってしまわないようにしなければなりません。とはいえ、河のほとりでいつまでも佇んで「この河は汚い」と評論していても何も始まりません。河の中に入って、ヘドロの深さを素足で測り、ヘドロを自らの手ですくい取り、少しでも環境を整えていくことを日々実行していかなければなりません。海外赴任で最初に行うこと、それは河の中に入ること。つまり、

目の前の現実を受け入れることです。

私自身は、海外勤務の数年間とはこのような泥水の中でもがき苦しむ数年間だとも思っています。
飲めるほど綺麗な水になるまでには何代か時間が掛かるでしょうが、理想を忘れず、確実に前進しながら次の人にバトンを渡せればそれで良し。全部自分で解決しようとは思わないことです。

最後に、私の元上司が良く口にしていたことばを紹介しましょう。

世の中には「正常」と「異常」があるが、「異常」が続くと「通常」になる。

海外勤務に馴染んだ頃に、是非この「違和感メモ」を読み返してみてください。目が濁り、「異常」が「通常」になっていないかを点検してください。
そして、汚い河の中にどっぷり入り、日々奮闘し逞しく成長した自分を思いっきり褒めてあげましょう。


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