はじめに

これから私が書こうとしているのは物語です。伝えたい内容は理論よりも、経験した内容です。ここに書かれた理論や管理ツールは、すべて私以外の優れた先人達が作り上げた内容であり、私自身による発明品は何一つありません。ただ、ここで書かれたすべての理論やツールは実践(実戦)において有用性が確認された使える道具であることは保証いたします。物語りは全て私の実際の体験に基づくものですが、読者の皆さんにとって、この物語が最高の比喩となることを願っております。
この物語の主人公は、海外会社に情報システム要員として赴任を命じられたある「私」です。そう、「あなた」です。読者の皆様に、共感や葛藤といった様々な内面的変化が起こることを期待して文章を綴って参ります。
 ナレッジを体系化し、形式知化し、後輩に伝承するために、業務の一環としてこの文章を書き始めました。過去いくつかのプロジェクトの成果や反省、ノウハウをパワーポイントでまとめましたが、このようなナレッジは実際には道具として活用されることなく、膨大な他の過去文書とともにアーカイブされ、ディスク内で眠ったままです。
一方、自分が他人の「知」を活用するケースを考えてみましても、ナレッジをまとめたといわれる美しいパワーポイントの資料は、その時には感心する内容があったとしても、月日を超えて私の心に残るものは少なく、ましてや自分が同じような場面に遭遇した際に、本当に役に立つ「知」として、頭の中の引き出しからとっさに出てくるようなことはありませんでした。とっさに思い出す内容は、せいぜい「この話なら、○○さんが詳しいはず。話しを聞いて見よう。」という程度です。私自身の経験上、本当に役に立ったのは、経験者に直接話しを聞いたときに聞かされる数々の「物語」だったのです。
 今回海外赴任する若い情報職能メンバーへのエールとして、また指南書として「サムライブック」を製作するに際して、当初整理を始めていたパワーポイントによる体系図、これを見れば一枚ですべて俯瞰できるような全体図、といった伝統的な手法を捨て、物語形式をとることに大きく方針転換したきっかけは二つあります。
 ひとつは、村上春樹氏が著書「1Q84」を発表した際のインタビューで語った

「物語というのは丸ごと人の心に入る。」

ということば。
 もうひとつは、ダニエルピンク氏著の「ハイコンセプト」(大前研一訳 三笠書房)。この本で引用された

「観念的に言えば、人間は論理を理解するようにできていない。人間は物語を理解するようにできているのだ。」

(認知学者 ロジャー C シャンク)ということば。

結論を急ぎましょう。私の結論は、
共感することで他人の知は自分化されるが、人間は物語にしか共感できない。
そこで、今回私自身にとっても実験的な挑戦となる、物語という形式で伝承可能な知の「カタログ」を作成して行きます。これらの物語は、物語という形式を取りますが、私はこれらの物語が、読者にとっての最高のビジネスアプリケーションとなることを願っております。当面カタログ形式の短編を書いていきます。これは、長編の物語を書くほど私に構想力、文章力が備わっていないこと、それから私自身もまだ情報部門の仕事、特にマネジーメントとしての経験は浅いこと、最後に長編を書くとなると途中で挫折するリスクが高いためです。
それぞれの短編が個々のビジネスアプリケーションとして活用され、また今回のアプローチに共感した諸君が、同じように自身の物語を書くことを始めるきっかけとなることを切に願います。私の物語の内容は後世に残らないかもしれませんが、知を物語としてカタログ化するフォーマットが後世に残れば、この物語は成功といえるでしょう。また全文検索エンジンで簡単にキーワード検索できたり、興味のある文章にタグを貼ったり、といった情報部門らしい発展を期待しております。最後にひとこと。

若者よ、パワーポイントを捨てよ。熱く物語れ!


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