自分の立ち位置について

私はこれまで四度の海外勤務を経験させて頂きました。その時その時の自分の役回りが異なり、数々の経験をさせて頂きました。それらを整理しますと次のようになります。
一. 職能トレーニーとして現地人幹部にレポート(派遣)
二. 駐在員として日本の組織長にレポート(駐在)
三. マネージャーとして現地人幹部にレポート(出向)
四. 日本人ナンバー2として日本人情報幹部にレポート(出向)
五. 現地会社情報部門責任者として日本人社長にレポート(出向)
 この中で三、四、五については、現地側組織にポジションがあり、ミッションとロールアンドレスポンシビリティがはっきりしていますが、一、二の立場は受け入れ側にそもそもボジションがない中で、半ば押しかける形で人を送り出しますので、送り出し側と受け入れ側の思いにギャップが生じますと、本人は苦悩にもがき苦しむことになり、最悪の場合、本人の気持ちが切れる、受入側が本人に対して拒絶を起こす、送り出し側が本人に対して拒絶を起こす、といったことが起こりがちです。こうした関係の悪化は、人間同士の相性とも呼べる感情的な側面を伴いながら深刻化していくのが常ですので、問題が表面化した時にはすでに修復が困難である場合が多いのです。
また、私は経験しておりませんが、顧問という立場で現地人責任者の横に置かれたような組織で働く皆さんについても、同じような悩みを抱える可能性が高いと思います。
職能トレーニーとしてドイツに赴任した時に遭遇した苦悩も小さいものから大きいものまで沢山ありました。最大の悩みは「情報が開示されない」という悩みです。振り返って今思えば、セピア色の懐かしい思い出話の一つなのですが、その時の私はまだ二十七歳と若く(私にもそんな時期があったのですな~)、経験も浅く、人間的な幅もなく、何についても余裕が無かった。また当時のドイツのその会社組織は典型的な軍隊型組織運営で、必要な情報は必要なラインマネジメントにしか落ちないので、彼らから見て私に関係ないと思われる情報は一切共有されませんでした。また、これも大分時間が経ってから笑い話として知らされた話なのですが、現地人マネジメントトップは、当初私のことを「日本から来たスパイ」として扱っていたのです。これでは、例えば情報システムのコストに関する内容は一切知らされないのも当然です。顧問や駐在員として赴任した人もこれに似たような経験をするかもしれません。こういった話はどこにでもあることだと思います。
この時の私は次のような状況を考えてみることにしました。これはあくまで架空の話です。

自分が働く日本の組織に日本語をまったく話すことが出来ない外国人社員が「トップダウン」的意思決定で突如配属され、その人は二年間で帰国する事が決まっている。

私は、その外国人社員に本当に全ての情報共有や必要な支援を行う自信と時間と忍耐力と慈悲の心を持ち合わせているだろうか、と考えてみました。皆さんは、いかがでしょうか。このように考えますと、漠然とした不満や精神的な苦痛といった右脳を悩ます課題の数々は、すでに解決されるべき問題としてその輪郭を表し、左脳で解決策を探し出す次のステップに移行できるのです。
私はその架空の話しの続きとして「日本に来た外国人社員がどのように振舞えば、自分がいろいろと仕事を教える気になるか」を真剣に考えてみました。
私がその架空の外国人にして欲しいことは次のような事でした。

一. 下手でも良いから日本語で話そうと頑張っていること。いきなり上手な英語で話されたら、こっちの教える気も失せるよなー。
二. みんなで何かやろうとしている時に、分からなくてもその輪に入ろうと努力していること。例えば、飲み会に誘ったら、いつも「仕事と会社は別」って言われたら、何とかなく疎遠な感じになっちゃうよなー。
三. 何かきらりと光るスキルや知識や知見があり、チームの一員としてはっきりと「この部分は任せることができる」という部分がどこなのかを明確にしてくれること。
四. 考え方がポジティブで学ぶことに謙虚な姿勢。「俺は出身元の会社では、それなりに役職もあるんだ。ここでは研修生だけど、そこを忘れてもらっては困るぜ!」というような態度が見えた途端に、「もう勝手にしてくれ」って言いたくなります。

 このように整理ができました。あとは、その架空の外国人という設定で想像した着ぐるみ人形の中に私の頭と体を潜り込ませて、この四点を現地人の前で外国人として実践するだけです。
みんなが「お誕生日パーティー」とかワイワイ言いながらケーキを用意し始めたら、「けしからん、就業時間中に何やってんだ。これだから駄目だ外国人は。」なんて思わず、その中に入り混じる。現地で覚えたばかりの言葉を使って、仕事とは全然関係ないくだらない話をしてみる。そして良く笑うこと。
自分の持つ日本との人脈を使って現地人の困りごとを解決してあげる。また自分の持つスキルで直接解決して見せる。こうしたことの積み重ねでジワジワとインサイダー化して行き、信頼と尊敬を勝ち取って行くのです。概して日本人はプレゼンテーション作りが上手です。事業計画の情報が欲しいなら、「事業計画のトップ向けパワーポイントを全部作ってあげる」という提案をしてみてはいかがでしょうか。
ポジションがないから仕事が出来ない、タイトルがないから仕事にならない、と思っているあなた。ちょっと待って。ポジションやタイトルは確かにマネジメントにおける責任の所在ですが、組織と人を動かすのは、究極的な意味でポジションやタイトルではありません。
どうしてもポジションやタイトルの発想から抜け出せない人には、こういう例えはいかがでしょうか。
今名門サッカーチームがあり、晴れて自分もそのチームの一員となった。サッカーはルール上十一人でプレーし、どのポジションもすでにプレーヤーが埋まっている。ところが何故か超法規的措置で、十二人目のプレーヤーとしてあなたもピッチに立てることになった。この時あなたは監督に問うでしょうか「監督、ポジションがはっきりしていないのでプレーできません。どこを守るかはっきりしていないから自分の力が出せません。」っと。またこんなこと言うのでしょうか「このキャプテンの代わりに僕をキャプテンにしてください。このキャプテンは退場で結構です。」って。十ニ人が連携すれば、必ず相手チームを圧倒できます。どこを守ればいいとか、キャプテンのタイトルとか、ぐちゃぐちゃ言わず、とにかくゲームに参加し、自分の働きでチームを勝利に導くために、自分がチームに何ができるかを考え、他のメンバーと協力しながらそれを実行し、「勝利」という結果をもぎ取る。弱い穴が見つかれば、すぐにディフェンスにまわり、チャンスの際は前線に攻め上がり自分もゴールを狙う。

さあ、試合開始の笛はすでに鳴っています。あなたもボールに向かって走り出して!


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