ちいさな一歩(復職初日のキロク)

ぷしゅっ しゅわわわ……ペットボトルから勢いよく炭酸水が吹き出す。誰もいないオフィスの廊下に広がる惨劇のあと。しまった、気合をいれて振りすぎた。

次女の育児休業があけ、1年数か月ぶりに復職をした朝。

久しぶりの独り身での外出は本当に身体が軽い。約10キロの次女を抱っこしての外出がデフォルトになっていたからまさに’羽が生えたよう’だ。改札を抜け、駅の階段を駆け上り電車のドアに滑り込む。乗り換え駅まで15分はわたしだけの時間。育休期間に手に入れたワイヤレスイヤホンをつけて英語学習でも……と考えたものの、いや違う、初日はテンションをあげていこうとお気に入りの曲をかけ直す。

在宅勤務推奨の流れは変わらず、オフィスについても人影はまばら。早めについてしまったこともあり同じチームのメンバーはまだ、だれも出社していない。しばらくしまわれていたノートPCを取り出し、席について深呼吸をする。

部署はいくつか変わったけれど、この場所で、この会社で社会人生活を過ごして十数年が過ぎた。入社したときの「会社を通じて社会に貢献したい」という漠然とした、とても大きな気持ちは忘れてはいないけれど、それはなかなか簡単ではないことも知った。それでも担当してきたいくつかの仕事の中で、ゴールに向かって必死に考えて動く大変さや楽しさを味わい、時に想いは形になることを経験させてもらった。

何かやりたいことがあったらまず、小さくても目の前のことをしっかりやりきっていくことが、次の一歩につながっていくことも知った。仕事にしても相談にしても、ただ受けるのではなく自分なりに考えて動き、返していくことが次の期待につながり、さらに大きな喜びをうむことも実感してきた。そして、たくさんの人に助けてもらって今がある。そう、わたしはこの場所で本当に多くのことを教えてもらった。だからここに戻ってきたのだと思う。転職にふみだす友人や後輩もいるなかで、やっぱりここで学べることが、やりたいことが、そしてできることがまだあるような気がするから。

ふと、1度目の育休が明けた時の気持ちを思い出す。いったいどんな生活が始まるんだろうと恐れと不安しかなかった。会社へ向かう道で緊張して、初日はどっと疲れて、復帰して1か月目には疲労で高熱をだした。はじめてのことだったので当たり前といえばそうなのだけれど、周囲がどうかというより、自分に自信がなくてあんなにも不安だったのだと今ならわかる。「すみません、復職させていただきます」と小さくなって挨拶に回っていたあの時の自分に聞いてみたい。「覚悟はできていた?」と。どんなことが起こっても、目の前のことにしっかりと向き合う覚悟。長い道でも一歩一歩進めていく覚悟。自分に嘘をつかずありのままを伝える覚悟。自分の気持ちさえしっかりと持っていれば、恐れることはそんなにないのだと、30代も後半になった今なら思う。(もちろん気持ちだけでできないことはたくさんあることもわかるけれど)

そんなわけで冒頭のシーン。テンション高く会社についたわたしは、気合をいれすぎてもう若くもないのにひとりオフィスの廊下で炭酸水をこぼしてしまうような失態をおかし、そんな自分を恥じているけれど、それでもそれなりに認めている。

そんなこんなも含めてわたしは、わたし。

できることから一歩ずつやっていけばきっと道は開ける、と信じて生ぬるい炭酸水をごくっと飲み干す。出社してきた同僚や上司からの「おかえりなさい」の声が本当に嬉しい。まずは小さな一歩を、しっかりと。さぁ、三度目の会社生活のスタートだ。

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