ごめんなさいのカキ氷
「はやくしまってよ!パソコン!!」
ムスメの語気が荒い。はっとして振り向くと、その瞳には涙があふれ今にもこぼれ落ちそうになっている。しまった、またやってしまった。反省するのはいつも少しだけ手遅れで、うわーんと泣き出してしまったムスメをなだめにやってきた夫の、責めるような視線が痛い。
日曜日の昼下がり。ちょっとだけ、そうほんのちょっとだけ確認したいことがあって会社のパソコンを開いてしまったのだった。やってしまえば所要時間は10分程度の確認作業、機嫌よく遊んでいる子供たちにばれないように…とわざわざ階段の踊り場なんていう謎のスペースでそっと作業を始めたのに、さっと気付いた長女が「なにしてるのー?」と笑顔で駆け寄ってくる。
「ちょっとね、ちょっとだけ確認したいことがあって、お仕事の。すぐ終わるから待ってねー」
「すぐって何秒?」
無邪気な質問がまっすぐに飛んでくる。
「ええと、180秒…くらいかな…」
「そんなに長く数えられない。半分にして!」
強引な理論を展開し、横で「いーち、にーい」と本当にカウントをはじめた長女に急かされながら、手早く作業を進めようとするものの90秒はさすがに無理で早々にタイムアウト。
「90秒たったよ!終わり!遊ぼう!」
と手を引くムスメの顔も見ず、作業を続けてしまったのが間違い。「これはね、お仕事なんだから大事なの。あとちょっとあとちょっと…」今度はこちらが完全に大人の理論を展開して待たせた結果が大号泣。
ああ、これでまた信頼ポイントを失ってしまった。
仕事と育児の両立をはじめてもう5年にもなるのに、まだまだ’ワークライフバランス’が上手くいかない。否、だいぶ『マシになった』とは思うけれど時々にこんな間違いを犯してしまう。
ちょっと手をとめて、話せばよかったのに。
反省するのがいつもちょっとだけ遅いよね、と夫に言われるとぐうの音も出ない。
ひとり残された階段の踊り場で、少しだけ気を取り直そうと大好きな北欧暮らしの道具店のラジオ番組をかけた。ちょうどトークテーマは仕事と家庭の両立。本音のトークが今は痛いほど身にしみる。
「仕事も育児もどっちも責任があるから、ひっちゃかめっちゃか。全然バランスなんてとれてないよね。」
ご自身も子育て中の2人の話が心に響く。はっとしたのはこの言葉。
「世の中ワークライフバランスっていうけど、じぶんはワークライフミックス、かな。仕事と家庭、わけなきゃいけないのかな。リラックスしてても仕事のことは思い出しちゃうし、本当は自然に混じり合うものなんじゃない?」
そうそう、そうなんです。就業時間がすぎたらハイ終わり、とはいかないのが常で、ごはんを作っているときも、子どもを寝かしつけているときも、ふいに頭をよぎるのは仕事のこと。「あ、あの企画書の順番こうすればいいんだ」なんて思いつくのがお風呂の中だったりする。で、休日にパソコンを触ってしまったりもするわけだけれども、これって私だけじゃなかったんだ。
なんだかまだ見ぬ仲間に励まされたようで、少しだけ気持ちを立て直してパソコンを閉じる。背筋をのばして階段を降りると、リビングにはまだ少し恨めしそうな、腫れぼったい目をしたムスメがいる。
「ごめんね」
謝る時は相手の目を見るの、まっすぐ。
ムスメに言い聞かせてきたことを、自分もやってみる。きちんと説明しなくて悪かった、お休みの日に確認しないといけないこともたまにはあるから、今度からちゃんと言うね。口をとんがらせながら、少しずつ2人の視線が合ってくる。今日は、ムスメちゃんの好きなごはんにしよう、なにがいい?と聞くと、「…たこやき」と返ってきたのは衝撃だったけれど(ママの手作りの一品じゃないんだ…という)、今日は大人しくリクエストに応えよう。
「じゃあ、あの駅前の、商店街の入り口にある、一番美味しいたこ焼き屋さんに買いに行こう!」
なんだかすっかり機嫌も直ったようなムスメと手をつないで夕暮れの街を歩く。保育園で覚えた交通ルールを披露してくれる5歳児はなんだか頼もしくて、道中ぽつりぽつりと話す言葉は楽しくて、駅まで5分の近さがこんな日はちょっぴり残念だったりする。
たこ焼き屋さんにつくと、なんと夏の特別企画で店頭には大きく「カキ氷」の暖簾。
「…夕飯前だけど、たべちゃおうか?」「食べる食べるー」
なんだか食べ物でつって終わり、の情けないお話になってしまったけれど、ふたりで並んで食べたマンゴーとブルーハワイのカキ氷。べーと見せ合った真っ青な舌。なんとなく、この味は、この風景は一生忘れないだろうな、と思った。
明日からもきっとひっちゃかめっちゃかな毎日。でもとにかくどっちも一生懸命に、やってみるからね、心の中でそっとつぶやいて家路についた。
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