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念のために言うけど「天皇陛下万歳=安倍政権支持」ではありません――天皇陛下と権力者の関係

 最近気づいたのですが、どうも世間一般では「天皇陛下を尊敬している」=「安倍政権を支持している」と勘違いしている人が、私の想像以上に多いようです。

 と言う訳で、今回は天皇陛下と権力者の関係について基礎の基礎から説明することにしました。

天皇陛下は崇敬するけど安倍政権には大反対

 私は天皇陛下をとても崇敬しています。ちなみに、「崇敬」と言うのは「尊敬」の凄いバージョンです。簡単に言うと、尊敬は「偉大な人間」に抱く感情で、崇敬は「神様レベルに偉大な存在」に抱く感情です。

 例えば、カトリック教会では聖ニコラス(サンタクロース)やマザーテレサを「聖人」として「崇敬」します。キリスト教は一神教なので「神様レベル」という表現はしませんが、日本語的なニュアンスだとサンタクロースやマザーテレサは「神様レベル」の存在です。

 「崇敬」と「崇拝」の違いについては過去にこの記事で詳しく書きました。

 さて、そんな私ですが、安倍政権には大反対です。中学時代から安倍政権には反対でした。

 今回の記事は政治の素人の方向けにも書いているので、私がここで安倍政権反対の理由を詳細に書いても本題から逸れるだけです。なので、詳細な理由はここでは割愛します。

 ここでは、天皇陛下を崇敬することと安倍政権に反対することとは両立する、ということを主に説明していきます。

天皇陛下と権力者の緊張関係の歴史

 さて、そもそも歴史的にみて天皇陛下と権力者の間には緊張関係がありました。

 元々、奈良時代ぐらいの日本――これを律令国家と言います――では国民はみんな平等でした。もっとも貴族は優先的に朝廷(政府)の官吏となることは出来ましたが、その権力はあくまで天皇陛下の臣下として仕事をした報酬。庶民が官吏になる道もありました。

 それが、平安時代ぐらいになると一部の貴族が国家を私物化するようになります。これを「院宮王臣家」と言います。

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 超簡単に律令国家と王朝国家の違いを説明すると、こういう感じです。

律令国家:全国の土地は全国民に原則平等に分配

王朝国家:全国の土地の半分以上を「院宮王臣家」と呼ばれる超特権階級が独占

 この院宮王臣家の人間は表向きは天皇陛下の臣下ですが、実際には天皇陛下を無視しているトンデモナイ輩です。

 例えば、宇治の平等院。あれは院宮王臣家の一つである藤原氏の別荘ですが、なんと、天皇陛下の都である平安京の門の石を勝手に敷石に使った、と言います。今でいうと、総理大臣が皇居の門の石垣を崩して、そこの石を別荘に使うようなものです。

 その後、さらに武士が抬頭します。武士も表向きは天皇陛下の臣下ですが、彼らは武力で強引に幕府を作ってしまいます。

 そして、江戸時代になると江戸幕府は「禁中幷公家諸法度」という皇室弾圧法を制定し、天皇陛下(朝廷)と権力者(幕府)の対立関係は決定的になります。

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 このあたりの詳しい経緯を述べるとややこしくなるのですが、江戸幕府も表向きは天皇陛下の臣下であるにもかかわらず、天皇陛下を無視して日本を支配していたわけです。

民衆から「天皇陛下、幕府を何とかして」の声

 さて、天皇陛下は表向きは日本の最高権威ですが、実際には何の権力も握っていない訳です。

 と言う訳で、ほとんどの国民は日常生活では「天皇?聴いたことないなぁ。」と言う感じでしたが、そういう中で一部のもの好きは

「我が国には昔から天皇陛下という方が居られたのか!なのに、幕府が武力で政権を握っているのは良いのか?」

等という問題意識を持っていました。もっとも、そんなことを口に出すと処罰の対象になりますし、また幕府は幕府でそういう声が広がることを想定し、予め

「天皇陛下!私のようなものを将軍にして下さり、ありがとうございます!天皇陛下万歳!」

的なイベントを行うこともありました。

 が、幕府が失政を行うにつれ、徐々に国民の間では

「やっぱり幕府だとダメだ!!天皇陛下、何とかして!」

という声が上がるようになります。

 つまり、「天皇陛下崇敬=江戸幕府反対」という時期があったわけです。

 無論、中には江戸幕府の「いやいや、将軍様は天皇陛下の臣下として立派に政治を行っておりますぞ!」という宣伝を真に受けたアホが「天皇陛下も江戸幕府もどっちも支持!公武合体だ!」と叫んでおりましたが。

 いつの時代にも、権力者の宣伝に騙されるアホはいます。が、江戸時代も末期になると流石にそんなアホは少なくなり、

「天皇陛下の大御心による政治を実現するために江戸幕府を倒せ!尊皇討幕だ!」

という人が多数を占めて、明治維新となるわけです。

戦後日本は江戸時代にそっくりな状況

 さて、戦後日本は江戸時代にそっくりな状況です。

 学校でも習ったとおり、『日本国憲法』の規定により天皇陛下は政治上の権力を行使できません。と言う訳で、「幕府」ならぬ「政府」が権力を握っています。

 無論、総理大臣も表向きは天皇陛下が任命します。また、天皇陛下を式典に呼んでは「天皇陛下万歳!!」と叫んだりします。

 が、都合の悪い式典には天皇陛下を招聘しません。明治維新150周年記念式典にも天皇陛下を招聘しませんでした。

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 こういう、天皇陛下に何の権限もないような状況において、「権力者である安倍政権への反対」と「天皇陛下への崇敬」とが両立することは明白です。

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 今回はあくまで「天皇陛下への崇敬と安倍政権への反対は両立する」という話でした。

 私の天皇観についてはまたいずれ記事にしようと思います。ややスピリチュアル的な話になりますが、仏教と天皇の関係については次の記事も参考になるかもしれません。

 また「安倍政権反対=天皇陛下反対」というレッテル貼りこそが、安倍政権の支配を強化しているということについては、次の記事をお読みいただけるとお判りかと思います。

 また、一口に「愛国運動」と言っても二種類あることについては、次の記事をお読みください。

 これらの内容についても、また極力判りやすい記事にして配信しようと考えています。

ここまでお読みくださり、本当にありがとうございます。 拙い記事ではありますが、宜しければサポートをよろしくお願いします。 いただいたサポートは「日本SRGM連盟」「日本アニマルライツ連盟」の運営や「生命尊重の社会実現」のための活動費とさせていただきます。