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親藩と譜代の違いに見る江戸幕府の賢さと盲点

 皆様は学校で「江戸幕府は大名を親藩・譜代・外様に分けた」「親藩と譜代は外様よりも信頼されていた」みたいに習ったと思います。
 私は子供の頃、謎がありました。
「あれ?譜代と外様の違いはよく教えられるけど、親藩と譜代の扱いの差はどうなっているんだ?」
 言うまでもなく、親藩は徳川将軍家の親族のことであり、譜代は徳川家の代々の(関ヶ原の戦い以前からの)家臣です。
 これもより正確に言うと、外様大名は元々「豊臣氏の家臣」であった大名で、徳川家康とは基本的に「対等」な関係にあったのです。
 ただ、関ヶ原の戦いで徳川家康が勝利して以来は外様大名も徳川家には逆らいません。とは言え、関ヶ原の戦いの直後はまだ豊臣秀頼が健在であったので、徳川家康も外様大名は仮に西軍側であっても全員お取り潰しとは行かなかったのです。
 西軍についた外様大名の中には毛利家のように領地を大幅に減らされた家もありましたが、それでも多くの譜代大名よりは広いものでした。徳川家康は外様大名を抑圧こそしたものの、適度に「ガス抜き」をしていたのです。
 そこで、譜代と外様の違いはよく次のように説明されます。

譜代:領地は狭いが、幕府の役職を任される
外様:領地は広いが、幕府の役職を任されない

 実際には東軍側の外様大名だと幕府の役職に就くことはあったようですが、老中のような役職に外様大名が就任することはありません。
 江戸幕府というと今の政府のような機構を連想しますが、実際には幕府は将軍の家政機関であって、建前上は幕府の役人は将軍の使用人のようなものです。そのため必然的に幕府の役職につくのは元から徳川家に仕えていた譜代大名が優先されたのです。
 が、そこで一つ疑問が起きます。
 幕府が将軍の家政機関であるならば、親藩も譜代と同じ様に幕府の要職に就いていてもおかしくありません。
 何しろ、将軍の親戚です。譜代よりも家政機関の構成員には相応しいはずです。
 ところが、実は学校の教科書ではあまり触れられていませんが、親藩も外様同様幕府の要職についた例はないのです。
 ここに江戸幕府の賢さが見えます。将軍の親戚に実権を握らせると必ずお家騒動が起きるからです。江戸幕府が安定していた秘訣は露骨な「身びいき」をしなかったからでしょう。
 しかし、無論江戸幕府は親藩にもガス抜きをしていました。それは「親藩には高い官位を与える」ということです。
 外様の前田家や譜代の井伊家のように親藩以外でも官位の高い家はありましたが、それでも、例えば徳川御三家は前田家よりも領地が少ないのに官位は前田よりも高いなど、親藩はその領地や地位と比べて明らかに高い官位を与えられていました。
 親藩の中で一番規模が小さいのは、吉井藩の鷹司松平家です。この家はたったの一万石で、要するに「ギリギリ大名」の石高なのですが、それでも位階は家督相続時に従四位下であり、老中や大老を輩出していた譜代の名門である酒井家よりも上の扱いでした。
 つまり、親藩と譜代の違いを纏めるとこうなります。

譜代:官位は低いが、幕府の役職を任される
親藩:官位は高いが、幕府の役職を任されない

 親戚に高い官位は与えるが実権は与えない、というのは、中々優れたシステムです。
 確かに親戚の待遇を悪くすると一家全体の品格に関わります。とは言え、血統だけ良くて無能な人間が政治に口を出すほど困ることはありませんし、有能で血統が良いと今度は将軍の立場が危うくなります。
 こうして江戸幕府は「将軍の親戚は高い官位に祭り上げるが、実権は握らせたい」という方針で上手くいっていたのですが、そこへ思わぬ盲点がありました。
 高い官位と言いますが、その官位を授与するのは当時完全に形骸化していたとはいえ、天皇です。
 江戸時代、天皇陛下に実権はなく政治の実権は将軍にありました。が、親藩の大名はその将軍から実権を与えられず、代わりに天皇陛下から高い官位を与えられていた訳です。
 それが何百年も続くと、次第に親藩の中では「うん?将軍よりも天皇陛下に忠誠を誓った方がいいんじゃないか?」という空気が出来てきます。
 水戸徳川家の尊皇思想は有名ですが、実は水戸徳川家だけではありませんでした。むしろ水戸徳川家は安政の大獄とその後のお家騒動で明治維新を主導できていません。
 一方、王政復古の大号令の際には尾張徳川家がクーデターに参加、幕府廃止に貢献しました。
 さらにその後の戊辰戦争でも多くの親藩が旧幕府軍側にはつきませんでした。
 数少ない例外が会津松平家で、会津藩の悲劇を生みます。しかし、言い換えると会津藩の悲劇が特筆されるほど、他の親藩は大して幕府に対して忠誠心を抱いていなかったのです。
 江戸幕府は皮肉にも親藩を上手いこと制御していたはずが、親藩に見捨てられて亡んだのでした。初期には上手いこといっていたシステムも、何百年も経つと負の影響が出るものです。
 今の日本は江戸時代中期に似ていると私は分析していますが、この後どうなるかは興味深いものです。

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