見出し画像

素敵な芯の強さ

幼い頃、アフタヌーンティーには憧れの思いがあった。
上質なティーセットに鏡のようなカトラリー、香り高い紅茶と3段スタンドに盛られたティーフードの数々。異国文化への憧れが芽生えた時に目にした情景だったこともあり、華やかさと格式の高さも相まって自分の中では一際特別な思いがあった。

時は流れて現在。アフタヌーンティーは日常風景の中に溶け込んだ。
著名なティーブランドが日本に進出し、リーフティーの販売と併せてアフタヌーンティーの提供を始め、これまで「憧れ」だった世界に手が届くようになった。またフォーシーズンズホテル椿山荘東京※1が同館ロビーラウンジのル・ジャルダンで本格的なアフタヌーンティーセットの提供を開始したことをきっかけに、ホテルのラウンジが従来の喫茶・商談・歓談の場だけでなく本格的なティータイムを楽しむ場へと変化した。暫くした後に街のカフェや喫茶室の一部でも同じ体で一連のメニューが提供されるようになり、今やすっかり日常風景の一つとなっている。

これは確かに嬉しい変化ではあるのだが、残念ながら良いことばかりではない。
日本流にアレンジされたものが大半で、それらは確かに心を惹かれるのだけれど……昔憧れていた英国本流のものには、どうしても敵わないなと感じてしまうからだ。
またこれはあまり大きな声では言えないのだが……ティーフードの写真映えを優先したからなのか、肝心要の紅茶を美味しく楽しめるところはあまりない。そして悲しいことにいつしか、アフタヌーンティーへの憧れの思いはすっかり過去のものとなってしまった。

ところが今年になり、この認識が大きく覆ることとなった。そのきっかけを授けてくれたのは、このnoteで以前にもご紹介したザ・ペニンシュラ東京。名門でありながら真摯な姿を崩さない同館が、また素晴らしい一時を生み出してくれることとなる。

「こんにちは!本年初の来館でございます。今年も何卒よろしくお願いいたします」
ザ・ペニンシュラ東京1階のザ・ロビーで、知己のマネージャーのお2人に挨拶を申し上げたことからこの日の一席が始まった。
きっかけはこの18時間前に遡る。元々は大手町でとある予定が控えていたのだが、相手様がインフルエンザで寝込んでしまったために、束の間の休日が生まれてしまった。前々から楽しい予定をてんこ盛りにしていたなら休暇は楽しいものとなるが、突然となるとそうもいかない。どうしようかと迷っていたところ、先日の一席が脳裏に浮かんだ。
僅かな時間でも素敵な一時となるようご準備頂けたあの一席、そしてとびきりに美味しかった紅茶。あの紅茶とともにアフタヌーンティーを楽しめたら、きっと素敵な休暇になることは間違いない。PABX(代表電話)へ電話を掛け、運良く席が空いていることを祈りつつお伺いしたところ……幸運にも一席頂くことが叶った。

上述の通り、アフタヌーンティーに憧れを抱いていたのは昔の話。けれどペニンシュラであれば認識が覆るかもしれないという期待があった。インバウンド需要が高まり、コストカットや手抜きをいくらしても客足が途絶えることの無い今日でも、ひたすら真摯にホテルを営み続けている同館であれば、憧れそのものの味わいを楽しめるかもしれない。今日までの思い出の数々が、尚のことそう思わせてくれた。

そして頂いた品々は期待を遥かに上回るものばかりだった。
ミルクティーとして楽しもうと最初に注文したアッサムは、香り味わい共に格別。まずはストレートで一口だけと思っていたのに、ついカップ一杯飲み干してしまうほどだった。
大ぶりのスコーンを横に割ると、バターの香りとクラムの質感が素晴らしく、併せてご準備頂いたクロテッドクリームを全て使い切ってしまうほど。日本国内のホテルでこれほど夢中になれる味わいのスコーンを楽しんだのはいつぶりのことだろう。いや、日本どころか遠い昔に英Claridge'sでアフタヌーンティーを満喫したときの思い出と肩を並べるほどだ。こうした体験は概して「思い出補正」が働き、実際よりも更に良いものと思い感じてしまいがちなのだが、この日のスコーンはそれと比肩する素敵さだった。

続くセイボリー&スイーツも言うまでもなく。ちょうどこの時ザ・ペニンシュラ・ロンドンの開業を記念して本場のメニューがラインナップされていたことも相まってはいるが、イートンメスやキャロットケーキ、スモークサーモンサンドなどの定番メニューを同館のクオリティで楽しめたことはまさに幸運としか言いようがない。これはあくまで想像の限りだが、ホームシックになった英国人がこのセットを楽しんだら、東京が第2の故郷になってしまうのではないかと思うほどだ。

そして朝食の時にも常々感じていることだが、サービススタッフの皆様の朗らかなこと。
「良いサービス」の基準が百人百様であることは承知している。また米国系と日系の新興を筆頭に、近年ではドライな応対を良しとするところが増えつつあり、これもまた「時代の流れか」と感じることが多い。
しかしながらペニンシュラ、特にここザ・ロビーは好対照だ。知己である方だけでなく、おそらく初めてお目にかかる方であっても、接遇はいつも朗らか。おかげさまで美味しくお腹を満たせることはもちろん、気持ちもリフレッシュして心まで満たしてもらえたと、来館の都度感じているほどだ。

***

素晴らしい一席を楽しんだのち、冒頭のマネージャーの方より「本日のアフタヌーンティーはお楽しみ頂けましたか?」とお声がけを頂いた。
各々のお品が素晴らしかったこと、夢中だったあまり普段よりだいぶ早いペースで食が進んでしまったこと、中でも今日(こんにち)にルースリーフの紅茶を楽しめて嬉しかったことをご報告すると、一つエピソードを教えて頂けた。

同館が用いているRoberts & Belkの銀製ティーセットでのサーブは、ザ・ペニンシュラ・ホテルズの総本山である香港からのお達しであること。見映えが一際に美しい一方、常に磨き続ける手間がかかることや、熱伝導の高さゆえに皆が火傷の危険と隣り合わせであるが、それでも香港が「このスタイルでなければならない」と決して譲らないほど、同館にとっての大切なアイデンティティのひとつであるそうだ。

「素敵な芯の強さ」といったところか。このこだわりのおかげで今日の一席を楽しむことが叶ったと思うと、改めてペニンシュラの真摯さとサービスへのこだわりの強さに、敬服の思いが止まない。今日の景況では他の同クラスのホテルのようにサービスを簡素化させても、それを理由に離れるゲストはあまり多くない(僕は間髪を入れずに離れるが)。
それでもなお最高を志向し、実現させることに力を尽くす様は、たとえ業種が違えど……我々もこうした高い志を以って、日々の仕事に精進しなければならないと思わせてくれる。

「今度の来館からは、こちらで朝食を楽しむかアフタヌーンティーにするか、毎回『究極の選択』をすることとなりそうです」
とても幸せな100分※2を満喫したのち、次の目的地へと向かう。この上なくおいしい一卓であったことはもちろん、仕事を頑張る英気も養える素晴らしい一時だった。

※1:現在のホテル椿山荘東京。フォーシーズンズのブランドは失われてしまったが、ル・ジャルダンは今も健在。
※2:120分制ではあるが、夢中で食が進んだ結果スーパーハイペースとなった次第だ。


この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?