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ザ・ベスト・アンド・ザ・ブライテスト

「ペニンシュラが好きだ」
友人知人からこの一言を耳にすると、なんとも嬉しい気持ちになる。
コスパ(コストパフォーマンス)至上主義の今日において、上質で真の価値があるものを見抜く審美眼と感性を持つ、何よりの証左であるからだ。
日々の来館で良い思い出に溢れているが、今回はその中でも一際琴線に触れたエピソードをご紹介する。同館がゲストの過ごす一時をどう見なしているかを知る好例としてご一読いただけたら幸いだ。

クリスマスが終わって間もないある日のこと。僕は大分参った気持ちで有楽町へ向かう車の中にいた。
朝食前に2つの予定が続いており、事前に移動車を手配していたのだが……これがとんでもないお粗末くんで、赤坂-麻布台-有楽町の道を全く心得ていなかった。
移動中に済ませたい仕事も多かったのに道案内をする羽目となり、しかもその指示をよく聞き逃す。その結果として、せっかくペニンシュラ東京のザ・ロビーで朝食を楽しむ予定だったのに、到着したのはラストオーダーギリギリの時間となってしまった。

正面玄関で朗らかなお迎えを頂けたのが不幸中の幸いで、館内へ鬱屈とした気持ちを持ち込まずに済んだのだが……残念ながら時間を戻すことまでは叶わない。ダメ元でお席を頂けるかロビーのレセプションでお伺いをしたものの、申し上げた直後に「とはいえ、この時間だとご迷惑になってしまうよな……」と後悔の念に苛まれる始末。

しかしながら、この時のご対応が素敵だった。すでに大半の席が埋まっており、後には昼食とアフタヌーンティーの予約が多々控えていたため、案内できる席はほとんどない。誰もが知っている某米系ホテルだったら、苛立ったマネージャーが出てきて「アフタヌーンティーをご所望の方で満席です。予約も一杯です」とにべもなく断られて出発を促されていただろう。10年前の実体験だ。この最中でもすぐのお断りではなく、どこか良い席はないかと次の一手を打つことにご尽力頂けたため、皮肉を一切抜きにして「それではまた、お次の機会に伺いましょう」とお互いに一番頷ける提案を申し出ることが叶った。
腹の虫が憤りではなく空腹でうるさかったが……幸運なことに、僕には次の機会が多くある。一生に一度ではなく「次」があるのだから、その時を楽しみに待つことにした。

実はこのとき、地下のブティックでお菓子の取置きを一つお願いしていた。そのため来館が全くの無駄足になることはなかった。フォローも兼ねてこのことをお話しすると「それでは準備が整うまでのお時間にお茶だけでもいかがでしょうか」とご提案。
これがなんとも有り難かった。朝からずっと気を張っていてほぼ飲まず食わずだったため、束の間でも一杯楽しめるのは嬉しいことこの上ない。それに短い時間--およそ20分弱--であれば、準備とお片付けでご負担をおかけしてしまう心苦しさも僅かに留められる。そのためお言葉に甘えて、一席頂戴することにした。
「パンや軽いお品でしたら併せてすぐにご準備もできますがよろしいですか……?」
オーダーの際にもこうしたお気遣いを頂けたが、後の予約とセッティングのことを考えるとさすがに甘えきってしまうことも申し訳ないため、お気持ちのみありがたく頂戴するに留まった。

銀製のティーセットにルースリーフの紅茶 五つ星ホテルでさえも簡素化が目立つ今日では貴重な光景だ

とはいえ、ご用意頂けたこの急場の席が素晴らしかった。
外の好天がうかがえ、ロビーの眺めも楽しめる良い席であることに加え、お茶のセットもフルラインで頂けたため、一息つくどころかこの日一日を仕切り直すことが叶った。ミルクどころか個包装の砂糖すら出し渋り始めたホテルもある中、僅か20分弱の時間であっても人事を尽くしてくださったことは本当に嬉しくありがたいものだった。

詳しくはいつか改めて綴るつもりだが……僕は常々ザ・ロビーで朝食を楽しむ一時を「最高の1日を約束する契り」と思っている。
美味しいメニューを味わい、朗らかで素敵なサービスを受けることで、どんなに予定が詰まった1日でも最良のスタートを切ることが叶うからだ。

今回は食事ではなく純粋な喫茶であったが、この思いはより確かなものとなった。観光需要の高まりや慢性的な人材不足で良いホテルが急速に数を減らしつつある中、同館は変わらず真摯な姿を保っている。この日は僕自身にとっては不運と不幸に見舞われた日だったが、同館の素敵さを再確認できた日と考えれば……むしろ幸いだったかもしれない。

やはりここは、The Best and the Brightestだ。

本来満喫予定だった同館の朝食 これはまた次の機会に


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