男女の賃金格差を「説明できる格差」で終わらせない
男女の賃金格差の開示が義務化されて1年。3月期決算の多い日本で、2024年3月期は多くの会社で2回目の開示になっている。1回目の開示はとにかく開示してみるという第一歩、2回目の今回が企業の分析がもう一段見られる良い機会だと思う。
初の開示を迎える前だった2022年、私は人事系の開示担当者として、外資系コンサルの賃金差開示対策セミナーを受けた。その中では、全体の格差を「説明できる格差」と「説明できない格差」に分けよ、そして「説明できない格差」を縮小させねばならない、と説明を受けた。「説明できる格差」は職種の違いや、能力の違い、勤続年数の違い。「説明できない格差」はその他の説明できない格差だ。例えば、採用時に男性の方が高い給与を提示されている、のような。でもそんなこと伝統的日本企業ではあり得ない。外資系コンサルの想定していた「説明できない格差」はラインマネジャーが給与を決定する外資系のやり方に起因する。メルカリが公表している差7%はここに当たり、対策を打っていることは素晴らしい。ただ、職能資格制度を守っている多くの伝統的日本企業の場合は年齢によってオファー金額が設定されていることが多いためこれは当たらない。セミナーの後半、説明出来ない差を分析するための高額なツールの紹介を受けたが私は「絶対買うもんか」と思った。日本にはむしろ「説明できる格差」に問題がある。
説明できる格差とは、学歴、職種、勤続年数等で説明できる賃金差だ。だから賃金差があるんです、という説明ができるものだが、説明ができたからなんだと言うのだろう。従業員の男女で学歴に差があるのはおかしくないのか、職種に違いがあるのはおかしくないのか、勤続年数に差があるのはおかしくないのか。性別役割分担に当たるもので一企業のせいではないのかもしれないが、国が開示に号令をかけているのだから、この機に一企業ではできないことに踏み込むことに意味があるんじゃないのか。
説明できる格差を大きく分けると3つあると考える。1つ目が入社のスタート地点の違いで、個人の職業選択によるものだ。2つ目が現在の働き方の違い、3つ目が入社から現在までのキャリアの積み重ねの違いとなる。
1つ目の入社のスタート地点の違いも大きく分けて2つある。①総合職/地域総合職/一般職といったコース選択と②営業職/技術職/事務職といった職種選択がある。多くは個人が選択した上で会社がそれを受け入れる。①のコース選択は、多くは男性が総合職、女性が地域総合職や一般職を選択している現状があり、業務と場所の無限定性を受け入れる総合職が最も賃金が高い。それは明示のことであるが、女性は地域総合職や一般職を敢えて選択している。②の職種選択において、多くの日本企業では諸外国に比べれば職種による賃金の差は小さい。職能資格制度を敷いており、総合職の無限定性もあることから、職種による賃金の差は制度上発生しない。しかしながら、営業職に定額残業相当の手当が出る、開発職にスキル手当が出る、製造職に夜勤手当が出る、等の理由で一定の職種による賃金差が発生する。①ほど明示ではないが、企業内でどの職種の賃金が高まりやすいかという傾向は必ずある。
2つ目の現在の働き方の違いは、多くは子育てや介護等、生活との両立によるものである。女性が子育てや介護に従事する傾向が依然強いことから、男性の方が残業が多かったり、特に夜勤時間帯勤務が多かったりする。単身赴任をするケースも男性に多く、単身赴任手当や帰省旅費の補助が男性に出ているといったケースでは通常の賃金よりもかなり手厚い手当が支払われる。さらに、扶養家族手当など、世帯主にのみ支払われるような手当が設定されている企業も多く、その場合は賃金差を倍増させる。
3つ目の入社から現在までのキャリアの積み方の違いは、昇進・昇格ができているかどうか、ということにある。1つ目のコース選択や職種選択、2つ目の働き方がある種「昇進・昇格する気があるか」のシグナルとなり、管理職には男性が多くなる。賃金の高い管理職には男性が多くなり、年齢が高まるにつれて賃金差は開いていく。
1つ目から3つ目、どれも「説明できる格差」だ。そして企業にとって一定仕方のないことでもあったと思う。多くの人に選ばれ働いてもらうためのコース設定、職種設定であるし、制限があっても働けるように両立支援制度を充実させてきた。制限なく働いてくれる人に報いる必要だって、当然ある。
でもそれで良いのか。説明できたら、それは差別ではない、人権問題ではないと言えるんだろうか。自己選択のせいだと、言ってしまって良いのだろうか。個人の自己選択も企業の制度設計も、社会の既定路線であり一つ一つは一定合理的だったのだろうと思うが、合理的なら良いわけではない。それを突きつけられているのに、説明できるから問題ないです、と説明して何の意味があるんだろう。
男女の賃金格差も、女性管理職比率も、多くの「一人ではどうしようもないこと」「一企業ではどうしようもないこと」の結果だと思う。この最終結果の部分を突然開示させられてNOを突きつけられて、戸惑う気持ちも分かる。企業も、企業にいる男性も、女性も、別に悪気あっての結果ではない。それでも、賃金差を生産するプロセスである「コース性廃止」とか「残業を平等に」とかではなくて、賃金差とか女性管理職比率という結果のみを開示させられるということに、希望を持ちたい。解決方法にクリエイティブさが求められていると捉えたい。
日々、開示だなんだと言われてうんざりする自分にこうして檄を飛ばす。人的資本開示が叫ばれる中で、ストーリーの通らない開示をしなければならない時もある。また賃金差は有象無象のものが含まれていて、企業間の比較に意義を感じない。それでも一企業の中で踏み込んで考えるべきものであり、踏み込んで考えるにはそれなりの圧がいる。世界から日本がダメだと言われるのも悪くない。
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