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原動力のたね

【カニクリームコロッケのお話】

1週間ほどの実家への帰省
北海道の家に帰ってくると
一枚の葉書が置いてあった

丁寧にお礼が書かれてあって
読み進めていくと
すぐにわかった
あーおじさんとおばさんからだ

と心の中で歓声をあげた私

もう連絡取れないと
思ってたのに
どうして私の住所がわかったんだろう

・・・

5歳ぐらいの時だったかな
私は祖母に連れられて
日本舞踊のお稽古に通っていた

おそらく私が通いたかった
訳ではなく笑笑
はじめは祖母自身が習っていて
私を立派な踊り手に育てたい
という気持ちだったのかなと
想像する

最初は訳もわからず通っていた
お稽古の日が
私はだんだん
苦痛でたまらなくなった
少なくとも
全然楽しくなくて
外で思い切り自由に
遊びたかった

そんな私の気持ちを
知ってか知らずか
祖母はお稽古の前や
終わってから

岡ビルという
電車駅の3階にある
イタリアンレストラン
「こも」に
連れていってお昼ごはんを
ごちそうしてくれた

そこの
「カニクリームコロッケ」は
ほんとにおいしくて
白い背高坊をかぶった
シェフのおじさんが
揚げたてを作ってくれる

横にはサラダと
ケチャップであえた
スパゲティが添えられていた

手づくりでひとつひとつ
作られたクリームコロッケには
お手製のトマトベースの
ソースがかけられている

それを食べられると思うと
お稽古の時間のことは
一瞬で
吹き飛んでしまうぐらい笑笑

・・・

中学生になるころ
日本舞踊は
やめることになった
のだけど

ことあるごとに
「こも」にいって
「カニクリームコロッケ」を
食べるのが私の
楽しみのひとつだった

・・・

両親が共働きで
幼い頃から祖母の作ってくれる
ごはんを食べて育った

高校生ぐらいから
自分も夕食を作るようになった

根っからの探究心旺盛な
性格の私は
なんでも試してみたい
失敗しても
とりあえずやってみたい
というのがあって

これは今でも
全然変わってないなあと思う

料理も食べたいと思うものを
自分でも作れたらいいな
どうやって作るんだろう
というのが出発点になっている

・・・

「こも」のおじさんの揚げる
カニクリームコロッケは
外の衣がカリッとなっていて

フォークの先でそーっと割ると
中からカニの入ったクリームが
トローっと出てくる


料理をつくることに
興味が出てくると
あんなに柔らかなクリームの
コロッケを
どうやって揚げるんだろう
作り方を知りたいという
探究心がむくむくと顔を出す

どこで調べたのか
覚えてないけど
ホワイトソースを作るときに
具を炒めるのはバターで

出来上がったタネを
半冷凍すれば
バターが固まって
揚げられるような
硬さになることがわかった

そしてついに
高校生の時に
カニクリームコロッケを
自分で作って家族に
ごちそうした

父も母も祖父母も弟も
みんながおいしいおいしいと
食べてくれて
誇らしげだった遠い記憶

何かを好きってやっぱり
すごい原動力だよね

・・・

北海道に渡ってからも
実家に帰るたびに
「こも」のおじさんとおばさんの
お店に必ず通って
カニクリームコロッケを
食べていた

もちろん
私の4人の子どもたちも
みんな「こも」の
コロッケが大好き
家で作る私のクリームコロッケも大好物

ねえねえ
クリームコロッケ食べたいな〜
と大きくなってからも
作るとみんな大喜び

私の手づくり クリームコロッケ



完全に私のソウルフードです

手書きの文字がすき



かれこれ50年近くの時が過ぎ
あのビルも老朽化が進んで
解体されることになって

おじさんとおばさんも
たぶん80歳を過ぎていたと
思う

いつまでも
やさしい笑顔は変わらずに

一年前に帰省した時に
食べたのが最後になった

去年の暮れに
お店が閉店したと
母が寂しそうに教えてくれた

父が亡くなって
ひとり暮らしの母は
たまにお昼ごはんに
お店に行って
おじさんおばさんと話すのが
ちょっとした
楽しみのひとつだったから

ふたりに
ひとこと最後に
お礼が言いたかったな
残念だったね
連絡先わからないもんね
と今回母と帰り際に話していた

・・・

そして北海道の家に帰ると
そのおじさんとおばさんから
一枚の葉書が
届いていたのだった

すぐに母に連絡すると
すごい〜〜
どうして住所が
わかったんだろう

その時
ふと思い出したことがある

父の具合が思わしくなくて
何度となく帰省した時が
あるのだけど

その時におばさんに
私の描いたパステル画と
いっしょに
そういえば私の名刺を
渡していたのを
急に思い出して


おばさんに贈ったパステル画


大切にしていてくれて
今回連絡くれたんだなあ

時空を超えて
人と人の心がつながる

カニクリームコロッケと
パステルと
そして子ども時代の私

なんだかもう
うれしくてたまらない
あったかくてたまらない

タイトルの写真は
おじさんがずっと
変わらず作り続けてくれていた
コロッケの写真です

⭐️2022/1/31の記事を再編しました

#ソウルフード
#子どもの頃の思い出
#探究心はエネルギー
#つながり
#パズルのピース
#ものがたり表現が得意
#日本声診断協会
#音声心理士

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