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せかいの誰かが、わたしを想ってくれるということ

はじめては、19歳のときだった。


飛行機にのるのも、大きな海をこえるのも、ひとりで大陸を「移動する」ということも初めてだった。


今でも忘れない。成田空港で母に見送られ、搭乗ゲートに向かった、あの気持ちを。これからはじまる異国での数ヶ月の暮らしに、こころは高なり。
少しの心細さと、とどまることのない期待で、胸は、いっぱいだった。

「はじめて」は、楽しい。

「はじめて」は、ワクワクする。

進行方向右側の、窓際が、わたしのシートだった。コートを脱いで、シートベルトをして。おばあちゃんからもらったパスポート入れは、「絶対に失くしてはいけないもの」としてしっかりと首から下げて服の中にしまった。

椅子に座ると、アナウンスもされていないのに、早々ときつめにシートベルトを締めて、綺麗なお姉さんが微笑見ながら搭乗者の案内をしているのを、なぜかわたしはジッと見ていた。
(すごく緊張していたのだと思う)


そういえば飛行機って、どうやって飛ぶんだろう。
鉄のかたまりが10時間も浮いているなんて、ちょっと想像しがたいけれど、いまから、わたし、空を飛ぶんだ。

そう思ったら、いてもたってもいられなくなり、予定時刻の書かれた搭乗券と時計を何度もなんども見ては、そわそわする心を持て余していた。


その数分後、ゆっくりと動き出した飛行機は、滑走路へと向かう。ゴォっとエンジン音が鳴って、地面からゴトゴト振動音がきこえる。
窓のそとで手を振っている整備員に、小さく手を振り返したところで、身体がシートに押さえつけられた。

おおきく羽を広げた鉄のかたまりは、止まることなく加速しつづけ、ふわっと、空へ。



「はじめて」は、楽しい。

「はじめて」は、ワクワクする。

「はじめて」は、すこし不安。



小学校4年生で、世界地図の教科書を手に入れたときから、ハタチになる前には海外にいく。何がなんでも行く。と決めていた。

それから10年という月日がながれ、気の遠くなるような時間はかかってしまったけれど、19さいのわたしは、9さいのわたしとの約束を、しっかり守ったのだった。


それなのに。
なぜだか分からないけれど、旋回する機体のなかで、わたしは涙がとまらなかった。
さみしくて?夢の一歩をふみだせたから?不安で?楽しみで?


そう。きっと、ぜんぶ。


「かなしい」も、「さみしい」も、「うれしい」も、「たのしい」も。
全部ぜんぶ抱きしめて、一緒に歩いていきたいと思った。

わたし、がんばってくるからね。


泣いているわたしに、どうしたの?と声をかけてくれたのは、となりに座る40代ぐらいのマダム。
日本にはあそびにきていて、これからカナダへ帰国するのだと言う。


あのね、わたし海外へ行くのも、飛行機に乗るのも初めてなの。
ーそう。わたしが隣にいるから大丈夫よ。カナダへは旅行で?
ううん、留学するの。冬休みの間だけ。
ーまあ、とってもいいわね。


good for you.と彼女は繰り返した。
学校はどこへ行くの?お家は?行き方わかる?バスに乗るのよ。

それから。
それから、もし時間があるなら、こことここは絶対行きなさい。

きっと...あなたをハッピーにしてくれるわ。その涙が吹き飛んじゃうくらいにね。



たまたま座席がとなりになった、名前も知らない彼女が、見ず知らずのわたしのことを想ってくれる。


無事に到着した機内で、なにか困ったら連絡してね、と、手帳をやぶいて電話番号を書いた紙と一緒に、わたしの手を握った彼女の手は、やわらかくて、あたたかくて、大きかった。


だれかがわたしを想ってくれる・

このかぎりなく広い世界で。


ありがとう、と伝えて別れる。
いつか今度は、きっとわたしが。
この限りない世界で、名前も知らないあなたを想うのだろう。

読んで頂いてありがとうございます。サポートして頂いた費用は、次の旅への資金にさせていただきます。広い世界の泣けるほど美しい景色や、あふれ出ることばを伝えたい。