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雑感5 エルトンジョンについて

野菜ラーメンを食べながらエルトンジョンElton Johnについて考えてみる。

決定的な大傑作を出した後キャリアが下降していく人は多いと思う。エルトンジョンも例外ではない。

(Q.「キャリアの下降」というのはどういう状況を言っているのですか?
A.例えば作品の質が落ちる、オーラが消える、という状況だと思います。また、幅広い層の人々から熱烈に支持されていたのが一部のファンからの支持のみに変わる、或いは一部の熱烈な支持を受けていたのが大勢からの熱意のない支持に変化する、というような事も、キャリアの下降と表現してよいんじゃないかと思います。)

聴いてる側の感覚としては、何かその人の凄さ・奥義・謎というものを、あらかた見知ってしまったような気分になるのである。

(これに対して、キャリア上昇期の作品というのは、なぜこの音を入れたのか、なぜこんな展開をするのか、聴いていて全然分からないものだ。1973年のスティービーワンダー、1982年のプリンス、1972年のエルトンジョン、1976年のさだまさし、1980年のブルーススプリングスティーン、みなそうだ。もちろんいつになっても分からないままの人もいる。細野晴臣、レディオヘッド、マイルスデイビス、ポールサイモン、ジョニミッチェルなど、、)

もちろん大天才の持つ謎、魔術のようなものを、本当に知る事は出来ない。しかし、「ああ、この人からはこれ以外のものやこれ以上のものはもう出てこないんだな」という感覚は、意外とバカにできないのではないか。

エルトンジョンの場合、1973年10月発表の2枚組アルバム『黄昏のレンガ路(原題:Goodbye Yellow Brick Road)』が「決定的な大傑作」だった。


17曲を収録する2枚組大作『黄昏のレンガ路』。良くも悪くも、エルトンジョンの良い所が全てハッキリと公開されてしまった感がある。

そのあと1974年に1作、75年に2作、76年に2枚組を1作、発表している(勿論その後も膨大な作品を発表し続けている)が、「ヤバい。良すぎる!次はどんな事をやってくれるんだ!」という気持ちになる作品は一つもない。「ああエルトンジョンが仕事してるなあ、声が元気だなあ、year!の発音がクセになるなあ」と思うくらいである。しかし私はエルトンジョンのファンというか、この人の歌い方が好きなので、どれを聴いても面白く感じてしまう。そういうところにヘンな楽しみを感じてしまう人にとってだけ、これらの作品は面白いわけである。

しかし『黄昏のレンガ路』以前のアルバムには、多分誰が聴いてもびっくりするような曲が一曲は入っている。

"Sweet Painted Lady"
1973年
アルバム『黄昏のレンガ路』に収録されているこの曲は、港町のけだるい夕方という雰囲気の名曲である。奇抜なメロディではないが、同じ曲調の曲を集めて順番に聴いた場合、「良いな、これは頭一つ抜けてるな」と言われるタイプの曲だろう。そしていつ聴いても何度聴いても良いのである。


"Come Down In Time"
1970年
「遅れないでいらっしゃい」という邦題のこの曲は「奥に何かある、何か見える」と感じさせる曲である。この良さが解きほぐされて行ってSweet Painted Ladyのような明快な良さへと変化したのだろうか。


"The Bitch is Back"
1974年
楽しいといえば楽しいが、広げた両手をさらに広げようとしてるような、「疲れ」も感じる。しかしこの無理してる感が聴きたくなる時も割とある。不健康かもしれないが。

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