英語の歴史と語彙のニュアンスの関係

 ブリテン島は紀元前1000年頃からケルト系民族が住んでいた。しばらくローマの支配下にあった時期を経て、下記のゲルマン系民族に追われて、今はウェールズ、コーンウォール、スコットランド(ノーサンブリア)などに文化的な名残がある。ウェールズ語とスコットランドゲール語は現存するケルト系言語。
 そこに、5世紀ごろにデンマークからオランダあたりに住んでいたゲルマン系民族、アングル人、サクソン人、フリジア人などが侵入してゲルマン語が古英語の元になっていった。ドイツ語と比べると、father=Vater、mother=Mutter、brother=Bruder、daughter=Tochter、drink=trinken、deer<Tier:これはもともと「獣」と言う意味のゲルマン語からできたが、借用語が増加する中で「鹿」だけをさすようになった。単語レベルで印欧祖語の間で比較すると、fatherはラテン語でpaterサンスクリット語でpitar。だからpという子音がゲルマン語でfにかわっていて、これを「グリムの法則」といいます。あのグリム兄弟の兄です、実は言語学者だったんですね。途中の子音の変化はアクセントの位置の移動が重要な要因になっています。
 恐らくゲルマン語としての特徴は、文章のイントネーションにかなり残っていて、一定間隔で強調が並ぶstress timeという話し方になっています。そこに以下のようにラテン語やノルド語の語彙が流入したのでリスニングが難しくなったと想像されます。我々日本人にとっては不幸ですね……。
 6世紀末にはキリスト教が広がり始め(日本への仏教伝来より遅い?)、angel、candleなどがラテン語から借用された。他にもアングル人が大陸時代にローマから取り込んでいたラテン語に、wine、butterなどがある。
8世紀以降、北欧のデーン人、ノルウェー人(あわせてvikingともいう)の侵入を受け、ノルド語からの借用が増える。Call、die、smile、take、want、leg、skirt、illなど日常的な多くの語彙がノルド語由来です。このうちdieを借用したことで、本来のsteorfan(ドイツ語ならsterben)という語はstarve「飢え死にする」に限定された。Skirtはもともと古英語にあったshirtと同根でskyrtaというすその長いシャツが転用された語。パンと言う意味のhlafはloafにつながっていくが、「パンを守る者」からlord(主人)、「パンをこねる者」からladyができました。
 11世紀、フランス(ガリア)のノルマンディー公が王位継承権を主張してブリテン島の王になり、上流階級の言語がノルマン・フレンチになった。続いて12世紀には王朝が代わって今度はセントラル・フレンチが上流階級言語となって、政治、経済、法律、爵位などに1万語近いフランス語(ノルマンとセントラル)が流入して中英語となっていく。この時期、英語はほとんどすたれたといっても言い過ぎではないかもしれない。2段階で流入しているので、catchとchaseのように同じcapturerの方言と標準語(?)から別の単語として残っていたりする。また、飼育や狩猟をする階層が本来語を残したのに対し、食べる上流階級がフランス語を使ったので、肉の種類はフランス語、動物は本来語になった。職人の職種は雇う人が呼ぶ都合上フランス語、職人の扱う素材は雇う人は口出しせずに(?)本来語、という弁別が今でも残っています。牛肉などを思い出せばわかりますよね?他にも比較的普通の語彙、finishもfinir(fenir)というフランス語由来です。どうしてshになったかって?複数主語だとfinissonsとかなって、ssがshになりました。あと、英語の否定の接頭辞はun-なのですが、フランス語からin-,im-,il-,ir-が流入した。いっぱいありますね。
 「ほとんどすたれた」ためか、屈折語としての語尾変化が失われて行ったので、それを補うために(!)仕方なく(!!)SVOという語順が固定化され、語相互の関係を明確にするための前置詞が発達しました。だから英文法でも前置詞のニュアンスと用法が重要なのですね。これはおそらく他の言語にはない現象なのではないでしょうか?だから「英語は語彙、文法的に世界中で最も難しい言語」なんです。「同意語が多くてそれぞれのニュアンスを覚えないといけない」、「語順から単語相互の関係を読み取らないといけない」などなど……。
 中英語期にはフランス語経由でアラビア語も数多く借用されています。Alcohol、algebra、alkali、sugarなどで、al-はアラビア語の定冠詞です。当時アラブは科学技術で先進国でしたから当然でしょう。実はルネサンスも、スペインのどこだったかの図書館に所蔵されていた、ギリシャ文献のアラビア語訳から始まっているはずです。
 16世紀、近代英語期に入るとギリシャ、ローマの古典を研究する中で、膨大な数のラテン語、ギリシャ語が流入します。ちょっと面白いのはsecure「安全な」、これは既にフランス語経由でsureとして借用されていました。だから、後発の方がより抽象的、概念的な語として使い分けられるようになったわけです。他に、chamberとcamera、前者は中英語期にフランス語経由で、後者は近代英語にラテン語が直接借用されました。そういえば、イタリア語のcamerataは「同じ部屋の仲間」という意味なんですね。
で、現代の我々が意識するべきことは、借用された時期によって語のニュアンスが違ってくることです。近代英語でラテン語から直接借用された語は、抽象的で、誤解を避けやすくていいのですが、かしこまって、よそよそしい感じがして、英語話者の琴線に届きません。日本語における借用語、漢語と同じで、学術論文はラテン語由来の語を並べた方がいいのですが、親しい人への手紙などではやはり避けるべきです。チャーチルの演説なども英語の本来語を多用して聴衆に訴えかけています。
 最後に、多くの単語の意味は語源の大元の根にある一つだと理解しましょう。そこから比喩などで派生してきたイメージをつかむとニュアンスも憶えやすくなると思います。”about”の意味は「周りの」だけなのです。

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