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眠くなったら寝る。眠くならないから寝ない。

最近色々切羽詰まっていて、
ひさしぶりに自分の体の使い方を思い出した。

この体の取扱説明書があったなら、
きっと2ページ目くらいには買いてある。

2:00~5:00は寝かせてあげてください。

この時間に寝ていないと本当に翌日に響く。
特に4:00~5:00は大切だ。
夜更かしするのも、早起きするのも、
この時間に活動することは、
ちょっぴり怖い。

無理しないで。
頑張らないで。
そんな声も時々いただく。

それでも私は、その声をなかったことにする。

「夢中になりたい」は錯乱状態

中学、高校、大学と、
皆自分の限界との戦いだったではないだろうか?

できないかもしれないことに向き合い続ける経験。

部活、受験、恋愛、就活。

多くの人は希望するゴールにたどり着けない。
でも、描いたからこそ、辿り着けたゴールもあったと思う。
そのゴールを正当化して、
きっと私たちは、今を生きている。

だけれども、
ひたむきに頑張っていたのは、
目標が魅力的なわけだったわけじゃない。

私たちは、合理的なようで、非効率的な行動を選ぶ。

自分を削り取るように何かに取り組むのは、
どこかで何かを間違えている。

夢中にならなければ、
生きていけないような、
何か理由をきっと抱えいるのだと思う。

「自分らしくありたい」

そう言えば聞こえはいいけれど、
飢餓感と焦燥感を抱えているだけなんだと思う。
そんな自分はきっと恥ずかしいと思うから
野心と恐怖に置き換えた挙句、
もともとあった感覚は、
さっさとなかったことにする。

現実を直視するということ

「ていねいな暮らしは現代のラグジュアリーだ。」


誰かが言っていた。

シンプルで、馴染み深いことを、
1つ1つ丁寧に向き合っていく暮らし方だ。

一切派手でない。

むしろ、
「え、そんなところに、そんなにお金をかけるの??」
と驚くことも多い。

そう、私たちの暮らしは結構単純なのだ。

トリュフや伊勢エビは家庭の食卓に並ばないし、
レコードでクラッシックなんて家では流れていないはず。

どんなに稼いでも、
日常生活はよっぽどの限り、
慎ましく、穏やかなものだ。

そんな生活に耐えられないから、
夢中という刺激を手に入れて、
興奮と恐怖を摂取して
平凡な日常をなかったことにする。

今の自分を受け入れた後の出来事

そうは言っても
そんな事実を受け入れたところで
特に何も変わらない。

水面下でどんな動きがあっても、
水面は全く揺れたりはしないのだ。

せっかく受け入れたのに。
何も変わらない。

変化が分かりやすい世の中だから、
見えにくいものに価値を感じられなくなっていく。

どんなに心を入れ替えたとしても、
それは幸せを定義するように、
自分に入力される刺激に対する反応方法を
変えたに過ぎないから、
事実はは何も変わっていない。
捉え方を変えただけ。

だから側から見たら、何も変わっていない。

そんなギャップを感じつつも、
そのものはなかったことにする。

私は貧しい

みんな違ってみんないいというけれど、
そんなことはない。

端から見ると、
存在意義が分からない人も大勢いる。

認めたくないだけで、
自分もその1人なのかもしれない。

新しい価値観を与えることもできず
分かりやすい報酬を用意できないと、
不必要な人だと感じることもしばしばある。

あるものに気づけない。
これをきっと貧しさというのだろう。

これを精神的な貧しさというのであれば、
この貧しさから抜け出すためにもがき、
挙句の果てに経済的に貧しくなる。

生きるってむずかしい。
だから夢中になって、今だけ、このむずかしさをなかったことにする。

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