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1ダースの恋 Vol,10



「またぁ? いったい何度同じこと繰り返せば済むのよ!」

 待ち合わせの時間になかなかやってこない亜美の代わりに、その彼氏である樹の姿を捉え、聞こえよがしに叫ばずにいられないかれん。

「まぁまぁ…」

「まぁまぁ…って、今度はなによ!?」

 これからショッピングに向かうというのに、既に亜美の手には妖しい紙袋があった。亜美はその性格から断ることを苦手とし、しばしばキャッチセールスに捕まることがよく合った。それゆえの紙袋というわけだ。

「まぁまぁ。どうしたの、かれんちゃん。美人が台無しよ」

「樹君。あなたからもいってやってよ、人がいいのもたいがいに…」

 腕をつかみ上げると、

「それは…亜美だから」と、その腕をつかんで下す。

 さらにその腕を振り払い、

「甘やかさない!」

 樹をにらみつけるも、

「だって、好きだから」のんきなのろけが返ってくる。

「はぁ? もういいよ!」

「…とりあえず、ご飯食べてリフレッシュしようよ」

「もう…樹君て、亜美をダメにするクッションみたい」

「オレが亜美をダメにするクッション? 光栄だな」

「なにバカなこと言ってんの! この子はただでさえ危なっかしいんだから、お目付け役が必要なのよ!」

「なにバカなこと言ってんの?」

 樹が同じ言葉を返していたずらな笑みを浮かべる。

「亜美のお目付け役はかれんでしょ? オレは、甘やかす係。バランス取れてるじゃん」

「本当、あの人樹くんに似てたな……」


* * * * * * * * * *


光は これまでも 真っ直ぐにしか 誰かを 愛せなかった。

それでいいと 思っている。

しかし 目の前に現れた『律』という男は 自分とは まるで 違うタイプだった。

いくら 喰らい付いても 相手には してもらえない。

真っ直ぐな 光の想いを 軽く 流してしまうような そんな男だった。

三人で こうして 並んでいても 素性が まるで 見えない。

「律さん…この前は 助かりました。」

亜美は 律に お礼をしていた。

光には まるで 分からない話だ。

「いいんだよ…あぁするしかなかっただろ 実際?」

「本当に 助かりました。」

亜美は もう一度 深く 頭を垂れた。

「知らない話で 置いてきぼりにしないでもらえます?」

光は 話に 割って入った。

「ぼくちゃんには 関係無い お話だから 邪魔するのは それこそ ぼくちゃんだねぇ。」

改めて ムカつくヤツだと 思った。

(こんなヤツの どこがいいんだ 亜美さんは…)

そんなことを 心で思いながら 光は 1つの嫉妬を 抱いていた。

きっと 律には 光には無い『余裕』があるのだ。

焦るとか 慌てるとかが ほとんど 見受けられない。

認めたくはないけど それは 自分自身には 身に付いていない『経験』だった。

この男が 今まで どんな人生を歩んできて 何をしているかなんて 光には 全く 関係ないことだ。

それでも やっぱり 談笑を続ける 亜美と律を見ていると 苦い気持ちになった。

「何 食べますか 亜美さん…と そこにいるヤツ…」

それでも 無視し切れない自分を これほどに 恨んだことはなかった。

亜美が 気まずい顔をして 顔を右往左往させている。

「あのさぁ…ぼくちゃんは 記憶力も ぼくちゃんなのかな?」

律が 呆れた顔をして 反論してきた。

「まぁいいや…亜美ちゃんは 何にする…ぼくちゃんは?」

したり顔で 光の顔を見ている律。

やっぱり 律のことは 気に食わない。

「兄貴! いつもの 3つ!」

亜美と律は その様子を見て ニヤニヤしていた。

「…なんだよ?」

「不器用にも 程があるよ ぼくちゃん?」

光は 我慢の限界だった。

「おい…ふざけるのも いい加減にしろよ!?」

律の胸ぐらを 掴んで 無理矢理に 立たせる。

「ムカつくなら 実力示せよ…こんな暴力なんかじゃなくてさ…これって 自信の無さが こうさせてることに 早く 気付け…」

光は 込めた力を 緩めることしか出来なかった。

「なんなんだよ…なんで そんな余裕なんだよ…」

亜美の表情は ひきつったままだった。

暫くの沈黙が 訪れた。

「…とりあえず これ食べて みんな 落ち着いた方がいい。」

陽は 見兼ねて『シーフードカレー』を 各々の前に 優しく 差し出した。

ただ 立ち上る湯気が 各々の感情を 写し出しているようだった。

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