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1ダースの恋 Vol,4

昨日の夜 カレンから メッセージが 届いた。

『この前は 本当に ごめん! 明日 休みだったよね? お茶でもしない?』

 

『気にしてないよ。 もちろん!』

そう 返信した。

 

いつも 待ち合わせする 駅前の猫のオブジェ前で かれんを 待っている。

 

「律さんって 言うんだぁ…」

かれんが 突然 行ってしまった日を考えていると軽快な足音が耳をくすぐった。

 

「お待たせ 亜美!」

 

「私も 今 来たところだから。」

 

「そっか! ドトールでいいでしょ?」

 

「お決まりだよね。」

 

私達は いつも お世話になっている駅前のドトールで注文を済ませて『定位置』に座った。

 

「早速なんだけど…律くん だっけ? 詳しく。」

 

亜美は カレンと別れた後の出来事を一通りかれんに話した。

 

「…悪いやつではなさそうね。 まぁ まだ 分からないけど。」

 

「うん。 悪い人ではないと思う。」

 

「思い出すわねぇ…あれから もう 随分 経つもんなぁ…」

 

「カレンは またその話…」

 

「いやぁ…今 思うと『アイツ』も悪いやつじゃなかったなぁって思ってただけよ。」

 

「まぁ…それは 否定しないけど…」

 

大学時代。

 

亜美には付き合っている『彼氏』がいた。

 

『高梨 樹(たかなし いつき)』

 

それが 元カレの名前だ。

 

同じ『デザイン学科』の同級生で好きな作家が被っていたのでよく盛り上がっていた。

 

「あんまり知り合いがいないから樹と話してると安心する。」

 

「それって 告白?」

 

「…違う!…わない…」

 

「なんて?」

 

「もう 言わないから!」

 

「いいよ 俺は。 亜美と話すと俺も楽しいし。」

 

こんな感じで樹と付き合うことになった。

 

そのまま月日は流れて3年生になって就職活動が激化していった。

 

そんなバタバタした時間の中でも

亜美の癒しは 樹とのランチタイムだった。

 

「はぁ…中々 決まらないなぁ…」

 

「気長にやろうよ。会社が人を選ぶように

会社を選ぶのは亜美の自由だろ?」

 

「そうなんだけどさ…やっぱり不安だよ。」

 

「こればっかりは亜美の問題だからなぁ…

まぁ とりあえずご飯食べてリフレッシュしようよ。それからで いいじゃん?」

 

「そうしよっか。」

 

私達は行き付けの喫茶店『華音(かおん)』を訪れた。

 

「いらっしゃい亜美ちゃん! 樹くん!」

 

すっかりお馴染みになった喫茶店のマスター『藤沢 豪(ふじさわ たけし)』が 二人を迎えた。

 

「いつもの2つで!」

 

樹が注文を済ませてくれた。

 

でも亜美には分かってしまっていた。

 

この後に続くであろう会話の内容が。

 

別に詮索したわけではない。

 

しかし同じ『学科』に所属していると嫌でも噂を聞いてしまうものだ。

 

「樹…話したいことあるんじゃない?」

 

「やっぱバレてるよなぁ…」

 

樹は降参顔で亜美の瞳を捉えた。

 

店内に掛かっているジャズがやけによく聴こえた。

 

出来ることなら聞きたくはないこの後の樹の言葉に構えた。

 

「実はな…海外に行って 勉強したいんだ。」

 

知っていた。

 

そして樹の性格上決めたことは覆らないことを。

 

怖かった。

 

いつか訪れるであろう別れを考えることから逃げていた。

 

「…知ってた。」

 

それ以上の言葉を喉が押さえ付けた。

 

言いたい想いは溢れているのに。

 

樹を引き留める勇気が亜美には無かった。

 

「ごめん…亜美…もっと早く言いたかったけど亜美と過ごしてると

いつも言い逃しちゃって。」

 

「私こそ…本当は聞きたかったけど樹が決心して話してくれるまで我慢してた。」

 

「そうだよな…亜美だもんな…そうだよな…」

 

「でも! 今日話してくれてよかった。」

 

精一杯の強がりで歪んだ笑みを浮かべた。

 

言いたい本当の『一言』を飲み込んだら心が悲鳴をあげた。

 

でもきっと樹にはバレている。

 

この『3年間』がそうさせたのだ。

 

泣いた顔も。

 

喜んだ顔も。

 

お互いが積み重ねてきた『時間』は こんな時にも裏切ってはくれない。

 

ほら 愛想笑いの樹だ。

 

その後二人は無言で『いつものやつ』を食べて『華音』から大学に戻った。

 

「じゃあな…」

 

力無く振った樹のバイバイを亜美は受け取れなかった。

 

去っていく樹の後ろ姿をただ胸に映した。

 

それから二人はお互いを避け合って卒業を迎えた。

 

樹と自然消滅した亜美だったがなんとか内定をもらって今の会社に 辿り着いた。

 

「亜美! 樹くんと別れたってなんで!」

 

「カレンには関係ないでしょ!いちいち口出ししないでよ!」

 

自分のことのように心配してくれたカレンに酷い言葉をかけてしまった。

 

「よかったの? これで…」

 

「よくないよ…」

 

「じゃあ なんで!」

 

「樹の人生を 邪魔したくないの!じゃあここで泣き付いて樹を止めたとして 樹の願いはどうなんの!そんなワガママ…言えるわけないでしょ…」

 

「言わなくていいの?」

 

「もういいの…」

 

「そっか…」

 

散々傷付けたはずなのに カレンは私を抱き締めてくれた。

 

涙が枯れるまでそこにいてくれた。

 

「そんなこともあったわねぇ…懐かしい…」

 

「今なら言えるのかな?」

 

「どうだろうね? なんせ亜美だからなぁ…」

 

「なにそれ? 酷くない?」

 

今だから笑い合える話。

 

「そういうカレンだってまぁまぁだったよ?」

 

亜美はちょっとドヤ顔でかれんを見つめた。

 

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