見出し画像

初恋を 通り越して 恋を 初めて

物憂げな表情で 見つめられた。

「何 考えてたんですか リサさん?」

カウンターのはしっこで こっちを見ながら ジムソンソーダを 流し込んだのは 半年くらい前から よく来てくれる リサさんだ。

「いやね…最近 後輩の女の子に 恋をする感覚が 分からないんですけど どうすればいいのかなんて 聞かれてね。」

大体の人が 麗しいと 言えてしまうリサさん。

自分でも『私 綺麗だからね!』と 言い切ってしまうあたりが 付き合いやすくて 話しやすいんだけど。

「なんて 答えたんですか? 気になります。」

リサさんが 捻り出した言葉は きっと ソーダの泡みたいに 弾けたはずだなんて 勝手に 期待してしまった。

「今って 色んなモノが 何でも いつでも 手に入る時代じゃない? でも 恋愛映画や小説が 観れたり 読めたりするくらいの感覚っていうか 距離感なのかなって 話しながら 考えてたのよね。」

リサさんが その後輩女性と 話している時に そう 感じたということは 詳しい内容までは 知らないけど 思うところが あったということか。

「実際の恋愛と 恋愛映画とか小説は 違うようで 違わないって 答えたの。」

そこに 辿り着くまでの 思考ルートが 知りたいと 耳が リサさんの言葉を 待っていた。

「違うようで 違わない…ですか。」

また リサさんは ジムソンソーダを 一口 呷って 続ける。

「観られたり 読まれたりする『作品』では 出会いや 印象的なエピソードが 部分的に 描かれているだけで 実際の恋愛は そのエピソードとエピソードの間にこそ 真実があるんじゃないかってね。 メルティーなだけじゃなくて『生活』の一部から全部を 共有することになるわけだから。」

誰かを 好きになることはあっても『その先』は 相手に よって 違うことは 必然だとして『経験』しないと 理解は しにくいと リサさんは 伝えたいのだろう。

「確かに 勝手に 好きになることはあっても そこから『付き合う』って 全然 別物ですもんね。 リサさんの考えを 全て 理解出来ていないかもですけど 雰囲気は 分かります。」

俺の言葉に 頷いて グラスを 差し出す リサさん。

「おかわり。 あと 分からなくていいのよ。 少しでも 考えながら 聞いてくれれば それが 嬉しいモノよ。」

リサさんから 手渡された グラスに 適量のジムソンを 注いで よく ステアをして ソーダを 注いで 氷を 軽く 持ち上げる。

「どうぞ。…こういった話になった時って 価値観が 諸に出るので お店側としては 結構 難しかったりするんですけど とりあえず リサさんの地雷を 踏まなかったことだけが 嬉しいですかね。」

再度 俺の手から リサさんに グラスが 渡る。

「…22時までよね? 終わったら 話せない?」

明日は お店が 休みであることを さすがに リサさんは 知っている。

その上で 誘っていただいている。

楽しそうだ。

行こう。

「明日 休みだって 知ってて 聞いてくるの ズルいですよ リサさん?笑」

「そうね。 ズルいわね。」

それから 閉店までの間 全く関係ない 世間話をしていたら 途中で 常連さんが 何人か いらっしゃって その方々を 交えながら 時計は『10』を 指した。

「リサさん ここらへんに 他に 行き付けとかあります?」

「チキンでも 食べにいきましょう。」

「今日 クリスマスですもんね そういえば笑」

「そういうこと。 先に 行って 注文しながら 飲んでるから。」

「分かりました。 終わったら 向かいます。 場所だけ LINEしといてください。」

「そうね。 じゃあ また後で。」

リサさんは 颯爽と 向かっていった。

~リサが お店を出た頃~

「まさか リサさんと クリスマス 過ごすことになるとは…笑」

いつも 雑談ばっかりで 深い話をした 記憶は 俺が 忘れていなければ 無いはずだ。

今日に 限って いきなり 恋バナをしてきたから 店内に 二人しかいないことも 相まって 緊張した。

リサさんは 俺の言葉を どう 受け取ったのだろうか。

『分かってないなぁ~』と 呆れられたのか。

『ちょっとは 分かるじゃない。』と 認めてくれたもんなのか。

ビールサーバーから 液抜きをしながら そんなことを 考えていた。

「まぁ 考えてても 仕方ない。 終わらせて 直接 リサさんに 聞いた方が 早いな笑」

どうやら お店に居る時とは 違う緊張感は 続くらしい。

~シュウが 締め作業をしている頃~

「マスター いつものと『クリスマス・スペシャル』を。」

「リサちゃん…『クリスマス・スペシャル』ってことは 例の彼と?」

マスターのニヤっとした表情が 少し イラっとしたけど それよりも シュウを 誘えた 喜びの方が 遥かに 勝っていた。

「そっか…リサちゃんも やっと 次に 進んだんだね…嬉しいよ 話を 聞いていた身としては。」

「いつも ありがとね マスター。 シュウくんが 来たら ちゃんと 話そうと 思ってる。」

「どう? シュウくんは 聞いてくれる感じの人?」

「今日ね 後輩の子に 恋愛相談された話を シュウくんに 話したら 真剣に 考えながら 言葉を 探してくれてる感じだったの。 この人なら 大丈夫だって 思ったから 誘ったに 決まってるじゃない?」

「見た目に 反して 奥手女子な リサちゃんが そこまで 推してくるなら 安心だよ笑」

「ずっと 片想いしてた人に フラれたって 伝えても 引かないでいてくれると いいんだけど…」

「僕が 出来ることは『クリスマス・スペシャル』を 丁寧に 作って 見守ることだけだよ。」

リサは『日替わり オススメ ワイン』を 傾けながら シュウを待つ。

~リサが ワインを 傾けている頃~

「…よし! 鍵 閉めたし 向かうとしますか…」

クリスマス。

肩を 組みながら 手を 繋ぎながら 笑顔を 向け合う男女が 最も 多いかもしれない日。

懐かしい匂いに シュウは 立ち止まった。

「…ナチなのか…?」

強風に コートを 押さえて はにかむ その女性は 正面に 立ちながら 横向きで 視線を シュウに 向けていた。

「シュウちゃん…久しぶりだね…」

シュウは 5年前に タイムスリップしたような 強烈な感覚に 後退りしそうになる 両足を 背けることが 出来ずにいた。

「…相変わらず 突然だな…笑」

「シュウちゃんが ここら辺に お店を 出したって 噂は 聞いてたの…でも 今更 どんな顔して 来ればいいのか ずっと 考えてた…でも やっぱり もう一度 会いたくて 来ちゃった…笑」

「…CAには なれたのか?」

「うん…シュウちゃんが 応援してくれたから 無事に。」

「あの時は お互い 必死だったからなぁ…それでも こうして 曲がりなりに お互い やりたいこと 出来てるなら 幸せだよな。」

「そうだね…正直 シュウちゃんが きっかけをくれて 有り難かったよ…じゃなきゃ 踏ん切り つかなかった。」

シュウも そこまで 鈍感ではない。

ナチが クリスマスに 勇気を出して 会いに来た。

それは きっと 一緒に 過ごしたいという 紛れも無い 意思表示だということも。

「ズルズル 付き合ってても 仕方ないかなって 考えただけだよ笑」

ナチの気持ちを 察しながら それでも 応えることは 出来なかった。

「ねぇ…シュウちゃん…もし この後 何も 予定無いなら 空いた時間に 何してたのか 話しながら 過ごせない?」

ナチは 何度も 忘れようとした。

隙間を埋める為に 他の人に 恋をしようと 努力したこともある。

それでも どうしても 残っている温もりには 敵わないことを 他の人と 付き合う度に 突き付けられた。

数年前から シュウとナチの共通の友人を 通して 話だけは 聞いていた。

勇気を出せずに 今年のクリスマスを 迎えた。

(1人のクリスマスの方が 気楽だし いいかな…)

本心を隠した 悟ったフリで 格好付けてはみたけど 消えるわけはなかった。

(もう一度だけ ちゃんと 話したいなぁ…シュウちゃんと。)

シンプルな感情に 従った 結果 ここに 心身は 召喚された。

「ナチ…ごめん! 今日は 先約が 入ってるんだ…一緒には 過ごせない…本当に ごめん!」

「そっか…だよね! いきなり 誘われたって シュウちゃんも 困るもんね!」

シュウは 決別した想いに 重ね掛けるように 終止符を 打つ。

(これで 本当の終わりにしないと お互い 苦しいままだ…それだけは ダメだよな。)

「謝らないでよ…こうなるよ 大体ね笑」

シュウは 逃げそうになる感情を 堪えるように ナチの目から 視線を 外すことを 辞めた。

無理をしている。

誰が どう 捉えても。

「じゃあな…ナチ。 元気でな。」

最後まで しっかりと 目を見て シュウは 告げたまま リサとの約束へ 向かった。

~シュウが 約束へ 向かった直後~

「そうだよね…進んでるんだもんね…私達。」

何故だろうか。

最後に 強がってしまったけど 断られて 良かったと ナチは 感じていた。

心の中に在った 曖昧な期待を シュウは 振り払ってくれた。

「私…期待してたんだ シュウちゃんに…今になって 分かるのかぁ…そっか。」

もう 強がる必要さえ 無いことにも 気付く。

ナチは 泣いた。

シュウとの 数々の思い出と共に。

美しい涙で これまで 抱いてきた想いも 流した。

「さよなら…ありがとう シュウちゃん。」

すっかり 明るくなった 空を 見上げながら ナチは 呟いた。

歩き始めた ナチを 朝日が 照らしていた。

偶然なことに その温もりは 1つの 出会いを 乗り越えた ナチの感情と 同じくらいの温度を 保っていた。

それを 恋と 捉えるのか。

愛と 捉えるのか。

ナチは 愛と 捉え 越えた。

これから ナチが 抱くのは きっと 深愛だ。

~シュウとナチが 再会していた頃~

「遅いね…彼。」

マスターが 口火を 切ってくれる。

「心配だけど…信じて 待ってみようかな…」

リサから 連絡をするのも なんだったら お店に 向かうのは 容易い。

それでも そうしないのは リサの信じたいという気持ちの表れだった。

ワイングラスが 2回 空になって おかわりをしても シュウは まだ 現れない。

「期待外れだったのかな リサちゃん…」

「あと 一杯だけ 待ってみたいの…マスター いい?」

「…分かった。 このグラスが 空いたら 二人で『クリスマス・スペシャル』食べようか。」

「…そうね…」

タイムリミットは 砂時計ではなく グラス時計であることを シュウは 知らない。

~グラス時計が 回り始めた頃~

「…ヤバい…リサさんの事 1時間も 待たせてる…とにかく 急がないと…!」

ただでさえ 白い息は その濃さを 増した。

焼き付きそうになる 肺機能を 駆動して ひたすらに リサの下に 向かう。

(今日 ナチと会って 分かった…! 俺は リサさんを 好きなんだなって。)

誤解されたまま 何も 言えないのだけは イヤだった。

送ってもらった 住所に 到着した。

息を整えるのも 忘れて ドアを 開けた。

「リサさん!」

突然 現れた シュウに リサとマスターは 目を 見開いた。

「彼が…?」

マスターは リサに 確認するように 問い掛けた。

「あと 一口だったわよ?」

シュウが 酸素を 消費した全身では 考えが 及ばなかった。

「え?!」

思わず 感情のままに 間の抜けた声を 上げてしまう。

「リサちゃんがね…あと ワインを 一杯 飲むまでに 来なかったら 諦めるって 話だったんだよ。」

「…何かあったの?」

いつも 余裕綽々な態度のリサが 本気で 心配してくれていることだけが シュウには 伝わった。

「…今更 隠すことじゃないな…実は お店を 閉めて 外に出たら 元カノが 居まして ケリを つけてきました!」

シュウは 自分でも 何を 喋っているのかと 呆れながら それでも 伝えずには いられなかった。

「そうだったのね…もう少しで 帰っちゃうところだったわよ…本当に シュウくんは…笑」

リサは 遅れてきたことよりも シュウが ちゃんと 来てくれたことの 喜びの方が 大きかった。

「リサちゃん…嘘は 良くないな笑 しっかり『クリスマス・スペシャル』食べようとしてたくせに笑」

マスターの いつもは 余計な一言が 今は 場を 和ませた。

これだから この人を 憎めないと リサは 心の中で 頭を 下げていた。

「ついでだから…ついでじゃないんだけど シュウくんに 聞いてほしいことがあるの…聞いてくれる?」

歳上の女性が 見せる 恥ずかしそうな態度には 魅せる力が 伴う。

「…あ! 何ですか リサさん?」

一瞬 その表情や仕草に 釘付けになって 意識が 飛んでしまった。

「笑わないで 聞いてね?」

「笑いません!」

リサは 自分が ずっと 片想いをしていて その相手に フラれたことを やっぱり 恥ずかしそうに 伝えた。

「過去と 決別したって 意味では 同じかもしれないですね笑」

サラリと そんな風に 受け入れてくれた シュウに リサは 意識を 奪われて シュウを 好きになった自分を 好きだとも 思ってしまった。

「シュウくんに 会えて 良かったわ 私。」

さっきまで 恥ずかしそうにしていたはずのリサの瞳には 真っ直ぐな光が 宿っていた。

「俺もですよ リサさん。」

シュウの眼差しには ナチが 浴びた朝日に 似た 温もりが 宿っていた。

「あとは 二人で ごゆっくり…」

マスターは『クリスマス・スペシャル』を 二人の間に 置くと『タバコ 切らしたから 買ってくるよ』と 残し お店の外に 向かった。

愛を伝えた唇は その距離を 楽しむように いずれ 重なった。

呼吸の余韻を 放したくないと 唇は 中々 離れては くれない。

止まることはない時の中で 確実に シュウとリサの時間は 止まっていた。

~シュウとリサを 残した直後~

「カホ…君が 心配していた後輩は ちゃんと 見つけたようだよ?」

お財布の1番 奥に 忍ばせている 生涯 忘れることは ありえない 最愛の女性に 切れてはいない タバコを 吸いながら 報告をする。

写真の表情は 動かないはずなのに なぜか その笑顔は より 輝いて見えた。

「カホ…ずっと ここに居てくれて ありがとな。」

右手の掌で 心臓を なぞりながら ケイスケは もう 会うことは出来ない 最愛の女性へ 心からの愛言葉を 添えた。

~ケイスケが 愛言葉を 伝えた頃~

「ねぇ シュウくん?」

「なんですか リサさん?」

「今年の年末 一緒に 過ごせない?」

「丁度 実家には 帰らない予定だったので 大丈夫ですよ。」

「私も 実家には この状況じゃ 帰れないと 思ってて 実家から 大量の海産物が 届くのよ。」

「それを 処理しろと?」

「正解。」

「残飯処理班なんですね笑」

「そうとも言ったりするわね笑」

初恋は 淡かったり 綺麗だったり トラウマだったり それぞれの記憶が あるのかもしれない。

それでも また 人は 恋を 初める。

どれだけの出会いと別れが 待っていたとしても。

「じゃあ 年末に 残飯処理に 伺います!笑」

「たくさんあるから 覚悟しておきなさい!笑」

こうして 恋は 初まる。

※この作品は 相互フォローを させていただいている『川口絵里衣』様の『恋初め』という絵画作品から 着想を得て 書かせていただきました。

今回も ありがとう 絵里衣。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?