晴らし屋 那奈

誰の目にも触れてはならない。

暗黒に咲く花。

それが 那奈 本来の姿。

普段は 宿屋で料理支度をする 何ら変わりない 奉仕人。

しかし 料理を作り終われば その刃は 頼み人の狙う対象に向けられる。

「さてと…」

すっかり暗くなった この街が 那奈の箱庭である。

1週間程 刻を遡る。

「那奈ちゃん! 頼むよ! これじゃあ 玉三郎が浮かばれないよ!」

「あの玉ちゃんが やられた…?」

「この近辺じゃ 玉三郎の右に出るやつなんていなかったのに!」

「落ち着きな お凛! あんたが 騒ぎ立てても何も変わりゃしないだろ!」

お凛は 那奈の怒号で ようやく我に返った。

「しかし その玉ちゃんを 殺ったという相手 相当の手練れだね…どうしたもんか…」

那奈は あることを思い出していた。

(そういえば 最近 巷で噂に聞いた『契り屋』っていうやつは 何者なんだろうね…)

「那奈ちゃん 何 考えてたの?」

「…任せな お凛の哀しみ 晴らしてみせるよ…!」

こうして 那奈を頼って 恨みを晴らしてほしいという人間が 後を絶たない。

「お凛。 何か手掛かりになりそうな情報はあるかい?」

「うん。 そのお侍は 左手の甲に大きな傷痕があるらしいの。」

「左手の傷…ありがとね お凛。 あんたは 早く帰って 余計な真似するんじゃないよ? 下手に動けば 命を落としかねない。」

お凛は 真剣な顔をして 1つ 頷いた。

静かに襖が 閉じられると 那奈は 頭を巡らせていた。

「出来れば 私だけで 片を付けたいところだが 今回は 分が悪いかもしれないねぇ…巻き込んで済まないが 噂の『契り屋』に 手伝ってもらうことにするかい…」

那奈の情報網を駆使すれば そんなことを調べるのは いとも容易い。

すぐに『契り屋』の正体と居場所を掴んだ。

『契り屋』の名前は 夢ノ助と言うらしい。

「引き受けたからには やり遂げてみせましょうかい…」

部屋を照らしていた蝋燭の炎が 心無しか揺らめきを激しくさせた。

月明かりが 那奈の姿を照らし出す。

その足は『契り屋』を求めた。

彼女の「晴らし」が開始される。

まずは 駒を揃えなければ。

「待ってなさい…玉ちゃんを屠った侍さんよぉ…」

風が通り抜けただけのような 足音が 砂利と擦れて 乾いた音を奏でていた。

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