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いとしい子

先住犬を失ってから長い間、とても長い年月が経ったように思う。実際は6年と7ヶ月の月日が経った。
その間、仲の良かった犬たちは次々と逝き、うちのあのでかい犬によくして下さったおばあちゃんおじいちゃん方も皆さん、亡くなられ、遂に今日、最後のお友だち、マルチーズのルビンちゃんが旅立った。享年なんと20歳。人間の世界では成人式に当たる。

一年前くらいからルビンちゃんの調子は良くなく、特に心臓に不安があると言っていた。老いてきて自分の健康に自信が持てなくなった飼い主が
「自転車の籠にルビンを入れて、動物病院に行くのが怖くなってしまった」
と言うので、私は何度か車送迎したことがある。
外で花を見ていると、飼い主が僅かに微笑みながら、やって来た。今日も送ってほしいのかなと、急いで一度、家に車の鍵を取りに戻ろうとしたところ、
「良いの良いの、奥さん。もういいの」と言う。
よく聞くと、食事を受け付けなくなって一ヶ月。そしてここ2、3日は遂に水にも顔を背けるようになったと言う。
今まで動物病院の医師の話によく耳を傾け、優等生だった飼い主だが、
「ここまで来たら、いよいよチャッピイの時の話を聞きたいなと思って。。。」

一瞬、かたまる。
長いこと、封印していた「あの日」のことを口にする日が来てしまった。
正直言うと、私はまだ先住犬の死から、立ち直っていない。
あの日以来、心の奥から感情が湧き上がってくることなど、なくなってしまったし、あの子のことを口にしただけで、震えがとまらなくなる。大事な大事な存在だった。

でも、ルビンちゃん。
あんなデカいラブラドールを目の当たりにしても、びくともしなかいで、反対に走って近寄ってきたのがルビンちゃんだった。
チャッピイが温和であまり怒らないから、彼は道路で寝そべる、そのお腹に乗って、楽しそうに足踏みしていた姿を今でも思い出す。

勇気を振り絞って、出た言葉は
「お水飲まなくなったら、今度はこっちが耐える番ですよ。
ようやく逝く準備に入ったのだと思います。ルビンちゃんの気持ちを優先させてあげましょう。無理はやめましょう。」と。
飼い主は涙をこらえて、そうだねそうだねとうなづいていた。

あっ。。
ふと思い出し、もう一言。
「待っているよ。こんなところで立ち話に来たらだめ。急いで帰ってあげて。多分、待ってる」とも。

小一時間して、電話がありました。
「玄関をずっと見ていたようで、ドアを開けたら、すぐに目があってね。抱っこをせがんでね。。
それで今、私の腕の中で、静かに逝きました」と。

ルビンちゃんも待っていたのね。
チャッピイも、私を待っていた。

六年前のあの日、朝の病院の診察で、もう長くない、一日持たないと言われ、私は正気でいられなくなった。
なんで?。。何言ってる、、
チャッピイは強いんだから。。このやぶ医者め、
と、そればっかり考えていた。
それでも何か、悪い気があって、素直に家にいてやれなかった。
その日でなくてもいいのに、予約を入れた美容院に行き、その帰りにはわざわざSCで買い物までした。別に欲しくもないコーヒーカップを山の様に買って。。。車の中でなぜだろうどうしてだろうと、よくよく考えたら、

「私は家に帰りたくないのだ」

と、やっとわかった。多分、犬の、その理由で。
ハアハアと苦しい息をしながらも、夕方まで私を待っていたチャッピイは、帰宅してわずか20分ほどで、亡くなった。
最後まで目をあわせてやれなかった。

薄情な自分。気の弱い自分。いざとなったら逃げだす自分。
こんな自分が未だに恨めしい。

「ご苦労様。さようなら」
と一言言おうと思って、ルビンちゃんに会いに行ったのに、4㎏の体が半分くらいになってしまったルビンちゃんの姿を見て、どうしてか7倍も8倍もあったチャッピイの面影が重なった。あり得ないのにね。

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