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パラレルワールドの私へ

 私には母親違いの妹がいる。幼い頃に両親が離婚しており、現在はそれぞれ再婚して子供がいるという次第だ。

実父のこと

 長らく母親から私の父親の話はされなかったし、触れてはいけない話題だと思っていたので私から聞くこともなかった。面会もなかったし、写真の一枚も残っておらず現在の姿を想像することすらできない存在、それが実父だった。
 転機が訪れたのは、私が商業高校を卒業し、社会人になった頃のことである。母親から急に実父に会ってみたいか?と聞かれたのだ。突然のことに困惑したが、街中で出くわし、何かあったときのために連絡先を交換したとのことだった。母親は関与しないので好きなようにしたらいいと言われ、戸惑ったが連絡を取って会ってみることにした。

 自宅から電車で20分程の、実父の住む街にあるしゃぶしゃぶ屋で二人で食事をしながら現在は再婚していること、今の奥さんとの間に子供がいることなどを聞いた。
 正直なところ実父の顔を見ても似ているのかわからなかったし、親子なのだという実感は特に湧かなかった。それでも、私が子供の頃に持っていたというぬいぐるみをずっと持っていてくれたことや、私の誕生日には祝日だからと理由をつけて家族でケーキを食べることなどを話してくれて温かい気持ちになれたのは大きな収穫だった。

 実父と会えたのは嬉しいできごとだったが、それからの私はしばらく不安定になった。その頃にはなくなっていたが、私は長い間母親の彼氏から暴力をふるわれ、虐げられていたのを「実父と過ごせていたらあんな目に遭わずに済んだのかもしれない」という、ずっと前に捨てたはずの考えにまた捕らわれてしまったからだ。この頃は発症したばかりの鬱やパニック障害の症状が酷く、それも相まってかなり辛い思いをした。
 そんな状況もあり、実父とはそれきり会っていない。実父の仕事の都合上スケジュールがあわせにくいとか、勿論他の理由もあるのだが積極的になれずにいる自分がいるのが事実だ。
 ほとんど連絡を取ることはなかったが、Facebookで私を見つけた実父がメッセージをくれてそこからは毎年誕生日にメッセージをくれるようになった。緩やかな交流だが、その距離感が私には丁度良かった。

転機

 最近、友人が女の子を出産した。友人はもちろん、旦那さんによく似た顔立ち。女の子は父親に似るとはよく言うが、本当にそうなんだなとしみじみと感じた。
 そして、ふと思った。
『父親が同じ女の子は私と似ているのではないか?』

 私はずっと母親に似ていると色んな人に言われてきたし、自分でもそう思っていた。でも、似ているのはつくりであってパーツではない。そうなると実父の娘、つまり母親違いの妹の存在が急に気になってくる。
 少し考えてから実父に「写真を見てみたい」と頼むと、あっさりと送られてきた。とても可愛い女の子。似ているかはわからない写真だったが、可愛い妹がいることを嬉しく思った。話してみたいと思ったけれど、今は私の存在は知らないとのことだったのでそこは諦めがついた。そこの方針まで私が関与することではない。

 ただ、気になることはたくさんあった。一緒に暮らした家族達とあまりに違う私の興味や趣味。もしかしたら父方にルーツがあるかもしれない、と思っていたのでどんなことが好きなのか知りたいと思った。
 答えは意外と簡単にわかった。実父がSNSで妹のアカウントを引用したから。罪悪感がなくもなかったが、全世界に公開されているアカウントをこっそり覗く位は赦されたいと思ってしまった。

 私よりだいぶ年下でまだ大学生なこともあって、ネットに顔を出すことに抵抗のない世代なのか、たくさんの顔写真が載せられている。私と間違いなく姉妹だと思うそっくりな写真も何枚かあった。
 そして、一緒に暮らしていた家族達は誰も興味がない本の写真。私の一番好きな本も、好きな作家の本もあった。アニメの話、音楽の話、興味のあるファッション…… 一緒に話したらどれだけ楽しいだろう。
 実父と再会した私と同じ年頃の彼女は楽しそうな笑顔で、実父と一緒に生きた世界線のパラレルワールドの私のようにも見えた。

 私も実父と生きていたらこういう人生を送れたのかな、と高卒で社会に出るしかなかった経済状況だった自分の状況を振り返って考えた。ずっと鬱と戦いながら生きることもなかったかもしれないと、どうしても思ってしまう。愛されつつも自由に生きる彼女のように、私も生きたかった。

 だけど、私が実父と生きていたら、今の彼女はいない。私がずっと一緒に暮らしてきた父親違いの弟も、その子供である甥も姪も存在しない。この世界線でなければ出会えなかった人たち。
 私はこの世界線の人生を生きるしかない。

 彼女は彼女であって、パラレルワールドの私ではないのは、きちんと理解している。それでも、どうか私の分まで幸せに生きて欲しいと願わずにはいられない。血の繋がった妹であることに変わりはないからね。

 私の言葉が彼女に届くことはないけれど…… 遠くからそっと大切に想うことだけは、どこかの誰かが赦してくれますように。

 私を知らない私の妹へ。

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