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シリコンバレーの風は、多様性を受け入れ、凝り固まった自分をほぐしてくれる風だった

前回、この記事を書かせていただいてから、はや半年ほどが経ってしまいました。

この記事のおかげで、みなさまから温かい応援をいただきました。
15000回以上のView数をいただきました。Twitterのフォロワーが100人足らずだったのに、記事を公開したところ瞬く間に1000人を超えました。

みなさまからの声援に励まされ、本当に今日まで走ってこれました。この場を借りて、心から御礼申し上げます。もちろん、これからも、さらに走り続けます!


シリコンバレーの風の正体

さて、
1つ目のnoteを書いて以降、よくこのご質問をいただくようになりました。

シリコンバレーの風って、結局何なんですか?

風は無味無臭、私自身も風の正体を掴めている訳ではありません。
ただ、結構強めの風に吹かれました。姿も考え方も変わり、8年ほど所属していた法律事務所を退所し、これまでのキャリアを捨てました。

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この風は何だったのか?
自分なりにこの風の正体を考えて見ると、

多様性(Diversity)

でした。

多様性(Diversity)」 ここ数年、特に耳にするようになった言葉です。
言葉は知っているけれど、正直なところ、あまり自分ごととしてイメージできていませんでした。

多様性(Diversity)について話をするとき、
「種」や「 性別、人種、国籍、宗教、年齢など」などがよく対象としてあがります。

私のいう「多様性(Diversity)」には、これらに加えて生き方も含んでいます。

辞書でその意味を引いたことはありません、本来的な意味とは違うかもしれません。
しかし、Berkeleyで生活するうちに、多様性(Diversity)という言葉に血が通い始めました

Berkeleyでの生活で感じたDiversityのチカラ

言語のDiversity
・移民(不法移民含む)や英語が喋れない人のための公立の英語クラス(無料)が当たり前にある
・このスクールのクラスメイトは、トンネルでメキシコから国境を渡ってきたメキシコ人、チベットから政治的な理由で移り住んできた僧侶、とりあえずツーリストではないのに(働くために)ツーリストとして来た人など、人種・バックグランドなどまさにdiverseだった
・スペイン語、中国語での案内も多い
・運転免許の筆記試験は日本語でも受験可能
・アクセントのある英語が当たり前
・英語が不自由でも嫌な対応がされることが少ない

Gender/LGBTのDiversity
・当たり前のようにall gender rest roomがある
(中には男女分けてトイレが作れる構造なのに両区画ともall gender rest roomになっているところもある→個室を出ると女性等が普通にいる驚き)
・ジムのロッカーの更衣室には性別に関係なく使えるuniversal roomがある
・日系企業とビジネス上関わりのあるアメリカ人から「〇〇(日本の大手航空会社)から毎年カレンダーをもらうけど、なんで女性の写真ばかりなのか?」と聞かれる(こういうのはたくさんあった)

人種のDiversity
・(当たり前だが)ありとあらゆる人種の人々が生活している
・街中やキャンパスにアジア人が多くアジア系がマジョリティにすら感じる

宗教のDiversity
・ありとあらゆる宗教を信仰するクラスメイト・御近所さんがいる
・もちろん、キャンパスにも祈祷ルームなど当たり前にある
・お店には「Everyone is welcome here」との看板が貼られている

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Hateに立ち向かう姿勢
・店の街角やオフィスの窓にはこんなポスターが当たり前のように貼られている
・「Hateに立ち向かおう」などのイベントが頻繁に開催されている

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リベラルな気風
・Berkeleyは全米一自由な街とも言われている(実際そう感じる)
・ヒッピー発祥の地でもある
・Campus内にFree Speech Movement Cafeがある(1960年代に大学当局と学生がキャンパス内での政治的言動をする権利を巡った対立の際の学生の運動を称えている)
・街内に、Martin Luther King Jr.通りがある(Black Lives Matter運動に当たってもこの通りでデモがあった)
・みんなトランプ大統領の悪口を言う
・露天でトランプ大統領を卑下するバッジなどが売っていて、それをつけている学生が普通にいる
・連邦最高裁判事にカバナー氏が就任するか否かが問題になったとき、学内ではたくさんのデモや反対集会が行われた
・キャンパス内や街を歩いていると、ふつうにマリファナの匂いがする
・Gourmet Gettoという名物通りの名称が変更された
・チェーン店がほとんどない(できないように取り組んでいる)

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キャリア/生き方のDiversity
・英語も喋れないのにESTAでベイエリアに乗り込み起業している人たちの多さ(年齢に関係なし)、そして成功している人たち、もがいている人たち
・高卒だったけど30代前半になって「やはり大学に行って学をつけたい」と思い、日本の大学ではなくアメリカに乗り込み英語を一から勉強して、コミュニティカレッジ→UC Berkeleyに編入した日本人のTakaさん
・日本の超名門高校出身、東大入学もできるのに、自分の夢を追いかけ書道を学び、やっぱり東大に入り直し総長賞をとった研究者
・国籍に関係なく祖国を離れUC Berkeleyやインダストリーの分野で活躍している友人たち
・安定した立場を捨てて挑戦し続ける人たち

もちろん、Berkeleyやベイエリアは、アメリカの中でも非常に特殊な地域です。Diversityを掲げながらも、歴然とした人種による格差、貧富の格差など、様々な社会問題を抱えています。また、保守的な言論を許容しない異質な雰囲気もあったりします。物価も非常に高く、ホームレスもたくさんいます。実際、これを書いている今、アメリカのニュースやTwitterを見ていると、これらの問題の根深さを感じます。


ただ、私は、Berkeleyで生活し、Diversityという言葉に血が通っていくのを感じました。そして、弁護士をやる中で凝り固まってしまった自分の思考が風に吹かれるようにほぐれていくのを感じました。


そんな中で、GoogleやFacebookなどのテック企業のキャンパス、そして大小問わず多くのスタートアップなどに行きました。そこで働く人たちを観察し、実際に話を聞くと、こんなことを思うようになりました。

「アジア系(特に中華・インド系)が圧倒的に多い」*
「このDiversityがあるからこそ、優秀な人が集まるんだ」
「Diversityがあるからこそ、Innovationを生み出せるし、対応できるんだ」
「生き方、働き方が特定の方向性に縛られていない」
(*これがDiversity上の問題をはらんでいる側面もあります)


一方で、日本に一時帰国すると、見た目にしても、生き方・考え方にしても、Diversityのなさに強い違和感を感じるようになりました。どちらかというと「生き方・考え方」の方に強い違和感を感じました。

偉そうですが、日本からグローバルプロダクトが生まれずらい理由がわかった気がしました。
Diversityのない社会では遊びや逸脱が起こりにくく、仮に起こっても同質性に起因する批判などが起こりやすい、だから、日本は「出る杭は打たれる」と言われるのでは、と感じました。


こんな感じでここまでつらつらと書いてきたことが、僕にとって「風」なんだと思います。


シリコンバレーの風に吹かれる前の自分は、
何か「こうあるべき」という自分の縛りに縛られていたような気がします。
「縛られていた」と言っても、今思うと、縛っているのは他者ではなく自分自身でした


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