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コウノドリ漫画1巻【第1話】産婦人科医が解説

こんにちわ。

鈴ノ木ユウの漫画「コウノドリ」はドラマ化もされ、世間に産婦人科の感動とリアルで切迫したシーンを視聴者に届けたヒューマン医療ドラマの原作となった漫画です。

このシリーズでは、漫画「コウノドリ」を題材に産婦人科医の視点から、産婦人科に関する医療問題について考えていきたいと思います。

未受診妊婦の飛び込み分娩編

今回は1巻の第一話、未受診妊婦さんの物語になります。

では早速見ていきましょう。

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コウノドリ漫画1巻【第1話-未受診妊婦編-】

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■ 未受診妊婦の飛び込み分娩|ストーリーを交えて解説

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MORNING KC「コウノドリ第1巻|鈴ノ木 ユウ著」p.12 より引用

■ 物語の内容

主人公であるピアニスト「ベイビー」の本名は「鴻鳥サクラ」という産婦人科医です。


「鴻鳥サクラ」はジャズピアニストとして活動している一方で、臨床の第一線で活躍している産婦人科医としての顔も持っています。


彼が勤める病院内でも「ベイビー」は話題になっていますが、ピアニストであることは隠して産科医師として日々業務をこなしています。


そんな中、勤務中の彼に一本の院外電話がかかってきます。

「受け入れをお願いします!陣痛がきている妊婦です!週数は分かりません!」


その情報のみ伝える救急隊からの母体搬送依頼の電話から、鴻鳥サクラはその妊婦が「未受診妊婦」であることを確信します。


そもそも未受診妊婦というは、妊娠しているにも関わらず、病院を受診しない妊婦さんのことを言います。


漫画では未受診妊婦のことを「野良妊婦」という表現を使用していますが(通常私たち産婦人科医は一般的にその様な表現を使うことはありません)、その表現が象徴している様に、実臨床の現場でも未受診妊婦の持つ社会的問題の特異性が浮き彫りになっています。


第一話では「未受診妊婦」が母体搬送で運ばれてくる様子が描かれています。


実際の医療場面でも、決して珍しいことではありません。時にはこの漫画の様に「飛び込み分娩」として受診してくることがあります。


救急隊から母体搬送の依頼の電話を受けていた鴻鳥サクラは、落ち着いて情報収集を行います。

「お腹は大きいですか。」

この質問は非常にシンプルですが、産婦人科医が状況判断を行うための大事な判断材料にもなります。


未受診妊婦が母体搬送された際に、私達産婦人科医が知りたいことは色々あります。妊娠週数、既往歴、アレルギー歴、赤ちゃんの体重、さらに赤ちゃんを蘇生する必要があるのかどうか。


それだけではなく、「腹痛」を主訴の「未受診妊婦」が搬送される際には、お腹が痛い原因として胎盤早期剥離ではないかどうか。


数少ない情報の中から、重要な情報を取り出して適切な治療を行う為に篩に掛ける = トリアージを行う必要があります。


鴻鳥サクラはシンプルな「お腹は大きいですか」という質問と、「お腹を定期的に痛がっている」というたった2つの情報から、腹痛の原因はほぼほぼ陣痛によるものだと判断して、受け入れの体制を整えていきます。これは実際の臨床現場でも非常にあり得る状況です。

■ 未受診妊婦の母体搬送を受けるべきかどうか

未受診妊婦の母体搬送依頼があり、ある程度状況判断を行うことができました。しかし、この病院のNICUは満床であり、もし赤ちゃんに問題がある場合にはNICUに現在入院している赤ちゃんを一般床に移動してもらうか、また再度受け入れ可能な病院に新生児搬送するかどちらかの選択をしなければいけません。この様な問題も実際の臨床現場ではあり得る事で非常にリアルに描写されています。


そのリスクを承知の上で鴻鳥サクラは受け入れを決断します。また、「ソーシャルワーカーさんを呼んで!」という箇所は実際の臨床現場でもあり得る事です。


未受診妊婦の方の中には、経済的・社会的理由から自分で子供を育てることができず、生まれてきた子供を里子に出すケースがあります。赤ちゃんの今後の生活環境を整えて守るためにも、出生後の手配もしなければいけません。


ここで大事なことは主人公 鴻鳥サクラが言っていた

未受診なのは母親のせいで、お腹の赤ちゃんは何も悪くない。

というセリフです。


未受診妊婦の飛び込み分娩ほど、我々産婦人科医やスタッフにとってもリスクがあり、言葉を選ばずに言うと、手がかかることはありません。


しかし、赤ちゃんのことを考えると出来る限りベストを尽くそうと考えるものです。第一話ではこの気持ちが行動に表れた内容が描かれています。

■ 母体搬送後の対応【受け入れ側の病院のリスクについて】

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MORNING KC「コウノドリ第1巻|鈴ノ木 ユウ著」p.1 より引用

ようやく、救急車で未受診妊婦が搬送しました。搬送と同時にスタッフ達は、妊婦さん、赤ちゃんの情報収集に努めます。

「子宮口 8センチ!」
「展退 100%!」
「推定体重 2600g!」
「採血一式!」

これだけ聞くと、産婦人科関係者としては、初産婦か経産婦か、と言う事も知りたくなります。経産婦さんであれば、この内容だけでもストレッチャーで移動中の間にも十分に生まれてきそうな情報が満載だからです。


この様に、未受診妊婦を受け入れる側の病院のリスクは非常に大きいものがあります。胎児の状態、母体感染症、そのほか色々な合併症に関する情報が全くない状態で、あらゆる状況を考えながら動かなければいけません。


漫画にもこのように記載しています。

" 受け入れる病院はあらゆる状況に対応できる準備をしなければならない。

それに対応出来ない多くの病院が受け入れを拒否するため、妊婦はたらい回しの状態となり、母子ともに危険にされる "


さらに

" その妊婦がウイルス性肝炎や、AIDsなどの感染症であった場合、医師や助産師看護師などの医療スタッフにとって、その妊婦は非常に危険な患者となる "

これは漫画のセリフの通りで、我々医療関係者にとっても、未受診妊婦の受け入れは非常に注意を払うべき状況です。


鴻鳥サクラは念のため、小児科医の立会いを求めていましたが、これも非常に現実的な判断です。私も未受診妊婦さんを受け入れた場合には、何かあった時の場合を想定して、漫画同様に小児科の先生の立会いを依頼します。

■ 分娩後に出てくる問題

赤ちゃんは無事元気に産まれました。一安心です。未受診の妊婦も特に問題なく、ひと段落つきました。とはいえ、未受診妊婦には別な問題も出てきます。


それは、社会的問題です。


赤ちゃんを分娩したママは、不安そうに産まれたばかりの赤ちゃんを見ていますが、このシーンも非常にリアルな描写になっています。ママは赤ちゃんとこれからの生活を不安に感じている様子が非常に良く伝わります。


実際に私も、未受診妊婦の方で産まれた赤ちゃんには一度も会わず里子に出す方を沢山見てきました。


ひと段落して落ち着くと、ソーシャルワーカーの向井さんがママから事情を聞くことになります。

彼女の状況は、

・金銭的に困窮
・未保険加入
・家賃も滞納
・パートナーとも、連絡が取れない
・両親は離婚していて、父親とは連絡が取れない


誰が聞いても悲惨な状況です。妊娠してから受診をしていなかったママを責める看護師に、鴻鳥サクラは一定の理解を示してあげます。


しかし、ある日その未受診妊婦が病院を抜け出そうとします。恐らく金銭的に余裕もないため、入院費用もないからでしょう。すると、運良く、抜け出そうとしたところに鴻鳥サクラがいて、連れ戻されます。そこでソーシャルワーカーと三人で話し合う事になりました。

■ 知識のなさの罪

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MORNING KC「コウノドリ第1巻|鈴ノ木 ユウ著」p.29 より引用

結局、この漫画に登場してくる未受診妊婦の方は色々な知識がなかった様です。


妊娠して母子手帳を貰うと、妊婦健診を受けるための無料のチケットが付いてくることや、出生費用を払えそうにない人には、産前にきちんと申請すれば出産費用を肩代わりしてくれるシステムなど。そのような助成制度を知らないが故に追い詰められた行動だったのでしょう。


彼女もこのように言っています。

" 私ホントにパニクっちゃって、借金もあり保険料も支払ってなかったから、役所にも行きづらくて誰にも相談出来なかった " 


しかし、それは未受診妊婦さん本人の考えであって、「鴻鳥サクラ」はこのように諭します。

" それは赤ちゃんにとって言い訳になりません。妊娠初期には感染症を含む、母体合併症の有無を調べなければいけません。

もしそれらの合併症があった場合、赤ちゃんは治療の機会を失い、矢野さん(未受診妊婦の、)もそうですが、赤ちゃんが重症化してしまう恐れがあります。

それに未受診妊婦を、受け入れる病院はほぼありません。

未受診ということは、医学的にも状況的にも確実に赤ちゃんの命は危険に晒されるんです。

あなたのしたことはお腹の赤ちゃんを虐待していたことと同じなんです。"


非常に厳しい表現です。正直なところこの内容には同意しますが、ここまでストレートに言える医師も少ないと思います。


ここまで言える医師も少ないからこそ、漫画で伝えれる臨床現場のメッセージでは、というのが私の感想です。


しかし、未受診妊婦も自分の状況をわかってもらえない「鴻鳥サクラ」に怒りを示します。

" 貢いだ男にも逃げられて、堕ろすお金も無い。

産んで育てる自信もない。

でもお腹がどんどん大きくなって、赤ちゃんが動くたびに、不安になって気持ち悪くなって、お金があったら私だってちゃんと産んで育てられた。

医者なんかやってるあなたに、そんな人間の気持ちなんかわからないんだよ!"


この気持ちも分からないでもありませんが、鴻鳥サクラは" わかりません "と答えます。


更に、" 未受診妊婦の飛び込み出産は、病院にとっては迷惑でしかありません。できれば関わりたくない。"とまで言ってしまいます。しかし、その後更にこのように続けます。

" しかし、産まれようとしている赤ちゃんが目の前にいれば、僕らは全力で助けます。 "


たしかに、未受診妊婦の方もお腹が痛くなったからだけではなく、ほんの少しでも赤ちゃんを助けたいから救急車を呼んだのでしょう。

■ 鴻鳥サクラの幼少時代

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MORNING KC「コウノドリ第1巻|鈴ノ木 ユウ著」p.35,36 より引用

ここで場面が切り替わり、「鴻鳥サクラ」の幼少時代の描写に移ります。実は鴻鳥サクラも親を亡くし施設に預けられた時代を過ごしたのでした。小さい頃には

捨て子が学校なんか来んな、キタねぇなぁ。お前みたいな捨て子は死んじまえば良いんだよ


この様な子供達の心無い、またそれほど意図してない言葉に傷つきながら幼少時代を過ごして育った少年 鴻鳥サクラに施設の女性はこのように言います。


" あんたにはきっとこれからも

人の何十倍も辛いことがあるかもしれない

でもね、

人一倍幸せになることもできる。 "

鴻鳥サクラは同じ言葉を未受診妊婦の赤ちゃんに対しても話しかけてあげます。

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コウノドリ漫画1巻【産婦人科の視点から考える問題点】

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MORNING KC「コウノドリ第1巻|鈴ノ木 ユウ著」p.37 より引用

■ 未受診妊婦の危険性

未受診妊婦の頻度は、妊婦さん全体のうち0.25〜0.5%と言われています。未受診の理由は様々ですが、中には今回のストーリーの様に「経済的理由」だけではなく、「妊娠に気づかなかった」というものもあります(14-19%)


更にそのうち10代、20代の妊婦さんの中には、妊娠していることへの拒否感が原因となる事もあり、必ずしも経済的理由だけが原因にはならない場合があります。そのため、今後も未受診で飛び込み分娩をする妊婦さんも多くいらっしゃるでしょう。


このストーリーのメッセージでもありますが、この様な状況の中でも子供達には罪はなく、その状況をバックアップする体制が我々の社会に求められています。現実を見据えつつ、この様な状況に対して我々大人や社会全体が見つめ直さないといけません。

【参考文献】
» 産婦人科診療ガイドライン 産科編 2017

» 大阪府産婦人科医会「未受診や飛び込みによる出生等実態調査について」

» 山田 俊 他: 北海道における未受診妊婦の実態- 分娩取り扱い施設のアンケート調査から(2008年) 日本周産期・新生児学会誌 2009; 45 : 1448-1455(Ⅲ)

» 中井 章人, 他:妊娠・出産時の支援妊婦の実態 -分娩取り扱い施設のアンケート調査から(2008年) 日本周産期・新生児学会 2009; 39 :175-179(Ⅲ)

■ 未受診妊婦の環境と医療者側の対応の仕方について

未受診妊婦の方への対応は分娩して解決、というわけではありません。分娩後もそのバックグラウンドによって個々に応じた対応する必要があります。


今回のストーリーでは、妊婦さんが病棟から金銭的理由など様々な理由により、自己判断で退院しようとしていました。これは実際にも十分にありえることです。


その様な状況になる前に、地域保健士と連携を良くとり、未受診妊婦であったママのサポートを行いつつ赤ちゃんの今後の養育環境を整える必要があります。
私たち医療関係者は、その点まで配慮する必要があります。

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まとめ|コウノドリ漫画1巻1話のネタバレと産科医の視点からの感想

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これはこの漫画の最後のシーンです。

産まれた赤ちゃんが全て望まれた命とは限らない。

ただ、この場所で働いている人たちは皆、産まれて来た全ての赤ちゃんにおめでとうと言いたい。

そう願って働いている。


コウノドリの第1話では未受診妊婦という題材を扱ってシビアな状況を描いています。しかし、産婦人科に携わる私にとっても、非常に学ぶことが多いストーリーでした。


未受診妊婦にはまだ多くの課題がありますが、この様なケースに対して社会がどの様に取り組んで行くのか考えていく必要があります。

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追記

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