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コウノドリ漫画1巻【第2話】産婦人科医が解説

こんにちわ。

今回は漫画「コウノドリ」の1巻-第2話-について産婦人科医の視点から解説していきます。

今回のストーリーは「前々期破水と超低出生体重児について」がテーマになっています。



登場人物の紹介です。

鴻鳥サクラ:ピアニスト兼産婦人科医。物語の主人公
下屋:   産婦人科の後期レジデント。鴻鳥サクラの後輩
田中さん(夫婦):前々期破水で入院となった妊婦さん。
           破水した時点では20週。


では、早速見ていきましょう。

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コウノドリ漫画1巻【第2話-前々期破水・未熟児分娩編】


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■ 妊娠20週での突然の破水

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妊娠20週で出産を控えていた、田中さんという夫婦がいます。


ある日、田中さんの奥さん(妊婦さん)が急に腹痛を感じ、ご主人が急いで車で病院へと移動するシーンから物語はスタートします。


その移動中に、妊婦さんは急に破水しています。夫婦ともに想像もしていなかった事です。


田中さん夫婦は当然「妊娠20週での破水が何を意味するのか」は理解する由もなく、ただひたすら車を走らせ病院へと急ぎます。


一方病院ではたわいも無い会話を、鴻鳥サクラと後期研修医の下屋が楽しく会話していました。そうしたところ、急に田中さん夫婦が駆けつけます。


事情を聞き、鴻鳥サクラと下屋は早速診察をすることになります。

鴻鳥が下した結論は、

前期期破水による切迫流産

でした。


前期破水とは、陣痛が始まる前に起こる破水のことを言います。また我々産婦人科医は、分娩しても問題のない満期の週数である37週未満の破水のことを前前期破水とも言います。


この物語のケースだと、「前々期破水による切迫流産」というのが正確な病名となります。尚且つ問題なのは「妊娠21週での破水」ということです。


妊娠22週未満の場合に分娩した場合、それは「流産」と意味します。


人工的に流産することができるのも22週未満である一方で、22週未満に分娩した場合には現状ではどうしても赤ちゃんを助けることは出来ません。


夫婦はこの状況を知り、困惑を隠せません。

■ 妊娠24週未満の破水の状況を説明する難しさ

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赤ちゃんの安否を不安に思っているご主人に対して鴻鳥サクラはこの様に説明します。

田中さんの赤ちゃんは今21週と1日で、推定体重は420グラム。
心拍もちゃんと確認できています。
しかし今すぐ出産となると赤ちゃんは、100%たすかりません。


非常に厳しい現状を伝える鴻鳥サクラに対して夫婦は大きな不安、とめどない怒りを主治医であるレジデントの下屋にぶつけます。

「昨日の健診で順調って言いましたよね!」


ここで、「昨日の」診察シーンに移ります。下屋が、「順調です」と答えているのに対して、妊婦さんが 、「でも昨日の夜からお腹が張って少し痛いんです。」と言います。


レジデントである下屋は、「これくらいの張りなら心配ないと思いますよ。子宮口も、閉じているし大丈夫です。」と答えますが、妊婦さんは不安そうです。


更に下屋は、「気になる痛みが続いて気になる様でしたら、無理をせずいつでも受診してくださいね。」と、丁寧に説明しています。


その時の診察時の様子を思い出す下屋は、なぜ破水したのか分かりません。


個人的には下屋の診察時の対応は、ほぼ問題はないのではと思っています


経腟超音波検査で、頸管長の長さ=子宮頸管長の測定を行ったのか、子宮収縮に対して胎児心拍モニタリングで子宮収縮の測定を行ったのか、という点は少し気になるところではありますが、きちんと診察をした上で、今後症状が出た場合の対応にまで言及しています。


プロの産婦人科医がこの状況を知った上で、そこまで責める人はおそらく少ないでしょう。鴻鳥サクラもご主人にこの様に伝えます。

僕らにもほとんど予測はできません。
なので、症状が出てからの対応しかできないんです。


ただ、ご主人は必死に訴えます。

難しい言葉わかんねーけど、じゃあ、どーしたらいいんだよ!


ご主人の気持ちもよく分かります。というのも、この夫婦は結婚して10年してやっとお子さんを授かりました。


やっと赤ちゃんを授かったものの、急に破水して、命の危険にまで言及されれば動揺するのも無理はありません。しかも医師から「お産になったら赤ちゃんは100%助かりません。」とまで言われているのですから、動揺するのも無理はありません。

■ 高位破水と完全破水

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" 高位破水と完全破水 "

ここで、完全破水と高位破水という言葉が出てきます。


完全破水というのは、言葉の通りでして、破水をして羊水量が極端に少なくなってしまうことをいいます。


一方で高位破水というのは、極端に羊水がなくなる程度の破水はしてはいないものの、子宮の高い位置で破水自体はしており、赤ちゃんの羊水が少ない状態を言います。「産科婦人科用語集」では以下の様に記載されています。

高位破水:破水は通常、胎胞の部分の卵膜が破綻して起こるが、子宮口あるいは胎児先進部よりも高い部位で卵膜が破れた場合を高位破水と呼ぶ。

この二つの状況次第で私たち産婦人科医が取るべき行動は大きく変わってきます。


現在では人工用水を注入する方法もありますが、どの施設でも行われている様な普及されている治療法ではありません。


今回のケースは高位破水で、不幸中の幸いにも完全に羊水量がなくなっている状態ではありません。


そのため、赤ちゃんがまだ助かる可能性はありますが、油断はできない状況です。

【参考文献】>> 硬膜外麻酔と人工羊水法の併用による分娩管理

コウノドリ漫画1巻【超低出生体重児の分娩と向き合う事のシビアさ】

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これからの経過・現状に対して不安に思っている2人に、鴻鳥サクラはこのように説明(インフォームド・コンセント)を行います。

赤ちゃんの救命率は、赤ちゃんがお腹の中にいる時間が、1日、1週間長くなるごとに上がっていきます。田中さんの場合は高位破水で、まだ羊水が残っている状態です。

赤ちゃんを助ける場合、すぐに入院してもらって、子宮内への感染を防ぐために抗生剤と子宮収縮抑制剤を24時間点滴してもらいます。

入院の間は安静にして頂きます。施設によっては歩行も出来ません。きちんとしたエビデンス食事も排尿も排便までも全てをベッドの上で行ってもらいます。

まず最初の目標は24周、推定体重500gです。そこまでいくと赤ちゃんの救命率は50%まで上がります。

妊娠継続はさまざまなリスクに注意しながら行いますが、困難だということは理解しておいてください。


ここで、困惑しきったご主人から、「助からなかった場合は流産なんですか?」という質問に対して、鴻鳥サクラは

22週未満の場合には流産です。22週以降の場合には死産です。


と答えます。非常にシビアな回答です。考えるだけで胸が痛くなります


我々、産婦人科医がこの類の内容の話をするときには、夫婦のキャラクターや正確な状況、現実的な将来の展望を全て鑑みて、なるべくバランスのとれた説明を心がける様に心がけます。それでもご夫婦に与える精神的なショックは計りきれません。


鴻鳥サクラは、説明するに際して必要不可欠なことは、実臨床の現場と同じように説明するしているでしょう。(ベッド上で排便は病院によっては異なるかもしれません。「トイレ歩行のみ可能」か「簡易トイレをベッドサイドに置いておく」かになる病院も多いですし、ベッド上安静を推奨していない施設もあります。)


そして、鴻鳥サクラは更に突っ込んだ今後の内容についても夫婦にお話しします。

24週で出産した場合、たとえ赤ちゃんの命が助かったとしても、赤ちゃんには多くの合併症があって脳性麻痺や視力障害、慢性呼吸不全が起こる可能性が高いです。

そのことも十分覚悟してもらわなければなりません。

今お話したことを踏まえて、今日中、2日以内にお二人で決断してください。

この話を聞いたご夫婦は頭が真っ白になったことでしょう。このような早期新生児の合併症に関する厳しい説明は、施設によっては新生児科の先生から話をして頂くことがあります。


私達産婦人科医も未熟児の合併症の話をさせて頂くこともありますが、出産後に深く関わる新生児科の先生から、今後の展望に対する理解を深める為に、より具体的な起こりうる合併症の話を聞くプレネイタルビジット というものもあります。


起こりうるリスクが全て起こるわけではありませんが、あらかじめリスクを聞いておくことで、夫婦間や家族間でも情報共有を行うことが出来ます。


このシビアな話をしたのち、ご主人は鴻鳥サクラに「決断?」と質問します。すると鴻鳥サクラは

赤ちゃんを助けるのが、助けないのか、をです。


と説明します。


医師よってインフォームドコンセントの仕方は様々ですが、時にはシビアな内容の説明をしなければならない時もあり、このケースは最たるものだと言えます


このような説明を行う医療者側も、非常に胸が痛いのですが、時として正確にかつ丁寧にシビアな説明もしなければいけません。

■ 医師の説明を踏まえての夫婦の決断

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説明を受けたのち、田中さん夫婦は24週を超えて赤ちゃんを助けるのか、助けないのか真剣に話し合います。


我々医療者としても、夫婦の間でこの様な真剣なやりとりがあるという事を踏まえた上で、説明をしなければならないと思います。


そこで田中さんのご主人が言った言葉の中に

俺は逃げねぇぞ

こいつの親だから逃げねぇ

時間がなくたってなんだって

真剣に考えて悩んで

ちゃんと決めてやるんだ

だってこの子にはオレとお前しかいねーじゃねーか


ここからも夫婦のやりとりは続きますが、私自身非常に胸を打たれるシーンでした。


子供の事を真剣に悩んで考える親がいる事を真剣に考え、赤ちゃんの管理を行う医療者も、医療者側の説明の裏ではこのやりとりを真剣に捉えることが必要だと再認識しました。


そしてなんとか、一日一日がすぎていく中で、まだ22週か、というやりとりが下屋と田中さんの中であります。


切迫早産や切迫流産で入院されている方と我々医療者の中で非常に良くあるやりとりです。この点もリアルだなと思います。


私も切迫流産や早産で入院中の妊婦さんから、

「丸一日何もせずただ時間を待つだけで、私は何もしていないですね。」


とよく相談を受けます。このようなやりとの中で私が必ず思う事ですが、切迫早産・流産で入院中の決して何もしてないわけではありません。


一日一日妊婦さんが無事に過ごせるだけで、想像以上に赤ちゃんのためには良い事をしています。


決して何もしていないわけではなく、一日安全に過ごせただけで、将来の赤ちゃんのために非常に良い事をしたんだ、と思って頂きたいです。実際にそうなのですから。

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急激な赤ちゃんの心音低下|帝王切開を決断する難しさ

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その様な中で赤ちゃんの心音が落ちてしまいます。24週にも満たさない週数で、下屋は赤ちゃんの事を考えると直ぐにでも帝王切開すべきだと考え、指導医のサクラに連絡します。ところが、サクラの考えは違いました。


サクラが言った言葉は、

今の週数を考えると最終的に赤ちゃんではなく、
母体優先でなければならない。

でした。


実はその通りで、我々産婦人科医は常に赤ちゃんの事だけではなく、常に妊婦さんのことも考えなければいけません。


そのバランスの中で、帝王切開をすべきか、否か。帝王切開をする時の赤ちゃんと妊婦さんに影響するメリットとデメリットを常に考えなければいけません。


これは非常に重要な事です。ここまでリアルに描写している漫画もそうそうないなと思いました。


そして下屋は今の週数である23週で帝王切開をすることで産まれてくる赤ちゃんが、今後抱えるであろうリスクや、帝王切開がママに与えるリスクを夫婦に説明します。


そして十分に話し合った結果、夫婦は帝王切開を選びます。その中で最後に夫婦は担当医の下屋に意見を求めます。先生はどう思いますか、と。


これに対して下屋は

どっちも助けたいです。


と苦渋の顔で答えます。産婦人科医は皆こう思っています。赤ちゃんのリスク、母体へのリスクもありますが、やはり結果が全てで常にどちらも助けたいと思っています。


そこで、夫婦は下屋に帝王切開を依頼します。帝王切開のシーンは少なかったものの、23週の帝王切開は非常に非常に難しいです。


子宮も収縮しやすく、赤ちゃんも出しにくい技術的な難点があり、また赤ちゃんを出した後も待機してくれている新生児科の小児科の先生の努力も壮絶なものです。しかし、手術は無事終わりました。

■ NICUでの田中さんのご主人と赤ちゃんの初対面

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NICUに入床した赤ちゃんを見に田中さんの旦那さんは区ベースごしに、自分の赤ちゃんを覗き込みます。

「こんなにちっちゃいんだ」、と漏らします。

サクラはこの様に説明します。

このNICUで働いている医師や看護師は皆、赤ちゃんの生きる力を信じてそれに全力で手を貸してあげているんです

だから信じてあげてください。

私も常日頃から新生児科の先生に頼りっぱなしですが、日本の周産期は世界に誇れるものです。


それは私達産婦人科医によるものというよりは、新生児科の先生方や、看護師などのスタッフによるものが大きいと実感しています。


NICUに入院してクベースに入っている赤ちゃんに、田中さんのご主人はクベース越しに手を触れることになります。赤ちゃんは田中さんの触った手を握り返してくれます。


この時の田中さんのご主人の顔は、実臨床でも関わっている未熟児を持つご両親の顔を彷彿とさせるものがあり、胸に来るものがありました。


こんな小さな赤ちゃんも頑張ってるのですから、我々大人も頑張って生きていきたいものです。

■ 帝王切開を行ったことに対する産婦人科医の葛藤

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その後、下屋は帝王切開をしたこと自体が本当に良かったのかどうか悩み、鴻鳥サクラに相談します。帝王切開したものの、赤ちゃんが小さすぎるので、安易に帝王切開したのではないかと悩むわけです。しかし鴻鳥サクラはこう答えます。

全ては結果だと。

また、下屋に対してこうも言います。

僕らは正解のない決断を患者にさせている。

だからこそ正しい情報を正確に伝えて真剣に患者と向き合わなければいけない。

そしてその決断に対してベストを尽くすんだ。


これは帝王切開に限って言えることではなく、医療全体に対して言えることだと思います。


産科だけではなく、末期の癌の方と向き合っていくことも多い私達産婦人科医(勿論他科の医師もそうですが)には正解のない決断を迫られることが多いです。


全ては結果だと思いつつも、本当にこの選択で良いのか、真剣に悩むことが多々あります。


その度に心がけていることは、まさに鴻鳥サクラの言っていることで可能な限り正確な情報を伝えて、患者の希望も聞き、寄り添いつつ、医療者と患者のチームでベストを尽くして結果を出していく。という事です。


この事を再び考えさせられる内容でした。


あくまで漫画かもしれませんが、同じような境遇にいるご夫婦は多いと思います。しかし、一生懸命ご夫婦や赤ちゃんが治療と向き合っている以上は2人の決断が正しかったのかそうかは誰にも分かりません。その場に立たされた両親の決断に模範解答などないのですから。


しかし私は、必ずその夫婦が出した結論の中に希望はあると思っています。

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コウノドリ漫画1巻【産婦人科の視点から考える超低出生体重児のリスクと帝王切開の決定の難しさ】

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漫画とは別な話ではありますが、最近非常に良い情報を聞きました。

>> 268 グラムの超低出生体重児の男児が元気に退院 【男児として世界最小】

私にとっても赤ちゃんが大きな合併症がなく退院できたことが何より嬉しいニュースでした。しかし一方で、全てが全てこの様な経過を辿る訳ではありません。


超低出生体重児とは、出生体重 1000 グラム未満で生まれた赤ちゃんのことを言います。


妊娠週数 の早い時期(早産、妊娠 37 週未満で出生)に、小さく生まれた赤ちゃんは、体のさまざまな 機能が未熟なため、いろいろな合併症を起こすリスクが高くなります。


呼吸障害、心不全、 消化管穿孔、脳障害、失明、難聴などが起こることがあります。免疫力も弱いため、重症の 感染症にかかりやすくなります。


さらに、超低出生体重児の男児は女児と比べて救命率が低く、しかも上記の合併症を起こ すリスクが高いことが知られています。


推測の域を出ませんが、男児では肺 の成熟が遅いことや酸化ストレスに弱いことが一因である可能性も指摘されています。

【参考文献】>> アイオワ大学のデータベース The Tiniest Babies

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まとめ|コウノドリ漫画1巻2話の産科医の視点からの感想

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コウノドリ1巻の第2話は妊婦さんだけではなく、医療関係者に関わる全ての方、またお子さんを育てられているママの方にも是非ご一読いただきたい内容でした。


非常に奥深い、考えさせられる内容が詰まっていました。


産婦人科ローテーションの研修医や医大生の方には是非コウノドリを読んで頂きたいです。


また、今日も一人でも多くの赤ちゃんが元気になってもらえる様にと願うばかりです。その様に思いつつ、今回はこの辺で筆をおきます。

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