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産婦人科医の不妊治療体験記② クリニック初診から卵管造影検査まで

クリニックでは子宮頸癌検診から性感染症の検査、コエンザイムQ10やビタミンD濃度まで(専門医試験でも不妊治療の一般的テキストでも見たことないぞ!という様な項目も)あらゆる初診検査を受けた。
(この初診検査の受検と結果説明、治療が必要ならその治療、と2ヶ月近くかかることもあるので不妊治療計画中のご夫婦は余裕を見た受診をお勧めします)

不妊治療のステップは下記の通り。
①タイミング法(排卵のタイミングを採血やエコーで判断して、受精しやすいタイミングで夫婦生活を持つという指導)
②排卵誘発(タイミング法の排卵確率を確実に上げるために排卵誘発剤を使う)
③人工授精(精製した精子を排卵のタイミングに子宮内へ注入する)
④体外授精(たくさんの卵子を取れるように卵胞を育てる薬剤を使用した後に麻酔下で経膣的に卵巣へ向けて針を刺して卵子を採取。その卵子と精子を試験管内で受精させて受精卵を作り、子宮内に戻す)
⑤顕微授精(体外授精の受精卵を作る工程において、精子の数が少ないとか運動が鈍いなどの原因がある際に、卵子の中へ直接注射器で精子を注入し受精させる方法)

寛和堂さんHPよりお借りしました

いずれのステップから始めるかは、各種検査後に決まることになる。まずは、自然妊娠が可能か診断する卵管造影検査だ。
卵管造影検査は、下図のように子宮に造影剤を注入して卵管の通過性をみる検査だ。医師側としては何度も施行経験がある。
卵管が通じていれば、ステップ①-③で妊娠できる、詰まっていれば④⑤にステップアップすることになる。

クリニックでは、小児用尿道バルーンを使って痛みの少ない検査であることを売りにしており、実際、ほとんど痛みを感じることはなかった。自分の経験では、硬い金属の棒を入れたり、卵管が通じていない様子なら圧力をかけて子宮内に造影剤を注入したりバルーンの向きを変えて再注入してみたり、いてて…という患者さんの声を聞くことは当然のような検査だったから、拍子抜けしたと同時に、痛みがないということは両側通過していたのだろうと安心した。しかし結果は片方の卵管が閉塞しているというものだった。まず思ったのは、(多少の痛みはあっても)造影剤の注入圧を上げたりバルーンの角度を変えたり工夫したら両方通過したんじゃないの?(痛みをケアするあまりに)検査自体が不十分だったんじゃないの?ということ。
さらに、自然妊娠のために卵管開通させる必要があると、3割負担で片側14万円という高額の卵管鏡下卵管形成術(FT)を勧められその場で手術予約を促されたのだった。産婦人科医でなければ「私が妊娠しなかった原因ってそれだったんだ…!!」と飛びついてしまったかもしれない。しかし上記のように、検査方法自体に曖昧さを感じていた。あらゆる検査というものは施行者の技術によるところが大きいし不確実なものであることは認識しているけれどそもそも卵管造影検査の感度(正しく診断する確率)は60−70%しかない。しかも、卵管は左右2本あって、卵管妊娠などで卵管を片方摘出した後に自然妊娠する患者さん達をたくさん見てきた。片方の卵管が詰まっているから即高額な手術、という誘導に不信感を覚えた。(知り合いの開業医先生が、医者の内輪の回で、FTは簡単で短時間な処置で子宮頸癌の数時間の開腹手術と同じだけの保険点数が稼げます、と卵管鏡を「美味しい」検査として推奨していた話も聞いていたからより一層そう感じた)。

片方の卵管が詰まっていてFTを受けなければ自然妊娠できないのですか?と聞いてみたら担当の先生は「その可能性が高いです。FTをしないなら体外受精になります」と眉をしかめて仰った。卵管閉塞という曖昧な病名も鵜呑みにはできないし、医学的必要性を検証できないのにやたらと高価なFTを回避すべく、自分が選んだクリニックのすすめ方がそうならそれでいいや、と、私は、ステップ①-③、自然妊娠も人工授精(人工授精も卵管を通して卵子が子宮内へ送られる必要があるため卵管閉塞があると妊娠確率が下がる)も諦め、さっさと体外受精へステップアップする決断をしたのだった。お金と時間と体の負担の無駄遣いはしない!結果が全て!というのが私と旦那氏の不妊治療のポリシーになった。

さらには、旦那氏の精液検査でも意外な結果が返ってきた。
精液検査で自然妊娠可能なラインとして産婦人科専門医試験で記憶した値は下記の通り。旦那氏の結果は明らかにこれらを上回っていたのに、ついた病名は「乏精子症」。

調べてみたところ、これらの値は1年以内にパートナーが自然妊娠した男性の精液所見をもとに決められていて、精液所見の下位5%を不妊の男性の境界線として定められた基準値とのことであった。クリニックごとに、妊娠可能な精液の状態というのは違っていて、殆どのクリニックで上の表のWHO基準より厳しい基準が定められているらしい。診断基準が世界基準を無視していてしかもクリニックごとにバラバラってそんなのあり?と、プライドを傷つけられたであろう旦那氏とともに憤慨したのであった。(まあ自然妊娠できた下位5%での基準っていうのも世界基準としては低すぎやしないか、とも思ったけど。)

しかし様々な不整合性を感じながらも、お金と時間と体の負担の無駄遣いさえなければ不妊治療に過程は関係なし、結果よければ全てよしのポリシーで突き進むのみ。(※今思えばそこには、不妊治療が保険適用となり先輩方よりもかなり低額で不妊治療を受けられるという心の余裕があったと思う。菅元首相ありがとうございます。)卵管閉塞という病名をつけられてしまった私と乏精子症という病名をつけられてしまった旦那氏の、本格的な不妊治療が始まったのだった。


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