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尾張名古屋は尾張氏で持つ

熱田神宮

2004年から10数年は浜松との往復の日々。たまにではあるが大阪に出張に行くことはあっても、名古屋はとんと縁がなかった。
縁あって、月イチで名古屋に行くようになったのは2017年の春から。ならばということで、ある日熱田神宮を訪れた。

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東京の明治神宮とはまた少し異なる神聖な空間。平日だったが、観光客もそれなりにいた。

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なぜ熱田神宮に行こうかと思ったのは、「尾張氏」について何かヒントが得られるかと思ったから。

一般に日本史で習う古代豪族は、蘇我氏、物部氏などであるが、尾張氏という名は尾張国以来の名称で知る人はいても、それより詳しく考えるところはないと思う。

尾張氏と天皇家との関係

尾張氏の祖は高倉下(たかくらじ)であり、紀伊で毒気にあてられた神武天皇を助けた天皇家の恩人ともいえる人物である。
熱田神宮は三種の神器である「草薙剣」をご神体としている。第12代景行天皇の子であるヤマトタケルを窮地から救った剣である。それを祀っている宮を守るのが尾張一族である。
また、現在の皇統と明確に血のつながりがある最古の天皇とされる第26代継体天皇の子である安閑天皇、宣化天皇の妃は尾張氏の出といわれている。
第40代天武天皇が吉野を脱出し、一時身を寄せたのが尾張氏の居とも伝えられている。尾張氏はもともと海人系とされており、天武天皇の皇子時代の名は多くが知っているであろう「大海人皇子」。「海人」の名があることから、何らかの関連があったとされている。

これほど皇統に重要な影響を与えている一族なのに、詳しく取り上げた書籍はない。

縁尋の機妙

名古屋駅上に新しくできたタワー内にある書店の歴史書や郷土史のコーナーを見たけれど、それらしき書物はなかった。以来、半ば諦めていたが、渋谷の書店で偶然目についたのが下記の書である。

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まさに「縁尋の機妙」である。初版は2018年なので、私が熱田神宮に行った翌年刊行された書である。

「こんな本があったとは! これでかなりのことがわかりそうだ!」

と思うのは早計であった。なにしろ著者が「おわりに」で、

尾張氏は様々な意味で難解な古代氏族である。この関係で長い間、検討してきて、こうした印象は終始変わらない。

とまとめている。ただし、

誰がいったい、海神族系の尾張氏を天孫族の系譜のなかに入れ込ませたのか。

という点が大きなテーマであることに変わりはないようだ。海で活躍していた尾張氏の祖先と、天孫族である天皇家と交わった理由。もしかして今上天皇をはじめ、歴代の天皇陛下にはその歴史は伝えられているのだろうか。そんなことを考えつつ、古代史の謎を解く旅はまた続くのである。

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