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2024年3月21日 一日外いて急終わり

・一日中外にいたと伝わる……。


・たのしく遊びデーだった。これは居酒屋の食べ飲み放題行ってる写真で、普通にその後吐きそうにはなった。ムキムキ。

・最近でも実際吐いたことはないんだよな。もうここ半年くらいないかも?  すごすぎる。あんまり無茶な飲み方してない。酒。ストゼロとかも高いから飲んでなくて、すべてが嫌になったときはコンビニで買える一番安いウイスキーをストレートでちびちび飲んでる。ゴミでカス(語尾が「カス」の人の罵倒?)

・そのあとはお菓子食べて遊んだり、なぜか『忍風戦隊ハリケンジャーでござる!シュシュっと20thAnniversary』を観たりしていた。原作知らないんだけどめっちゃおもしろかったな。知らないヒーローもののアニバーサリー、逆にめちゃくちゃ童心に帰れて神だった。昨日はそんなところ!!!(時間がないので急に終わる)



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・読んでくださってありがとうございます!!  たくさん読んでもらえるのももちろん嬉しいけれど、自分に合ったスタイルで読んでもらえているのを聞くのもとても嬉しいですね。

・文章の雰囲気が変わったことについては自覚があって、これは一言でいうと「伝わらなさすぎるから」です。少し前なら普通にウルトラマンの話してるだけでよくて、そうなるとまぁ「よくわからんけど楽しそうだな〜」くらいには思ってもらえたかもしれないんですが、もう、いまは、言いたいことが先鋭化しすぎて「完全に伝わらないもの」になってきてしまった。だから書いてないです。

・具体的には「庵野秀明は『虚構のヒーローと自分を同一視してしまう子ども心』を一つのテーマにして『エヴァ』を作ったと言っていて、その点で同じものをテーマにしていながらもそういう虚構信仰を肯定した『ウルトラマンティガ』に批判的な態度をとっていたが、僕はそこの対立まで踏まえてむしろ『ティガ』の方向性のほうが好きなんだよなぁ」みたいなことをずっと考えている。こんなん言っても伝わらないんですよ。なのでそういう記述は、(最近止まりぎみだけど)個人サイトのほうでつらつら書いたりすることが多いですね。

・自分が考えていることはいまや創作者視点や批評視点になりすぎていて、「純粋にそのコンテンツを楽しんでいる層」にクッションなしでコンテンツの感想を伝えると、普通にガッカリされたりする。あと、こういうのは「前提を説明しないといけない話」なので、シンプルに書くのがめんどくさい。そういうトコに自分で限界をおぼえてしまっていて、かと言って自分はそういう感想言語化マンとしてやっていきたいわけでもないから「見つかる」努力も特にしたくはなく、単にくすぶっているというのが現状です。

・なので気をつけていることというと、ネガティブな回答にはなってしまうんですが、そういう「みんな知らん話をしない」みたいな感じにはなってきちゃってます。以前の僕は「みんな『終物語』見て自分を阿良々木暦だと思い込んでいる」「みんな『仮面ライダー555』見てぶっきらぼうなヒーローに憧れている」みたいな気持ちでなんでも書いてたし、その点で究極的に自分のための書き物だった。

・淡々と真面目な内容を書くより、ミームを口走ってはしゃいでる人を見てたほうが楽しい人は多いだろうとは理解している。ただ僕としてはみんなではしゃぎにいってるつもりだったから「これ一人で踊ってないか……?」的な憂慮が来てから、あんまりみんな知らんこと書かないようになってきちゃってます。

・正直に言うと「この生活つまらね〜!!」とは思っている。せっかくインターネットでオタクやってるのに、「○○どうだった?」とか気にしてもらえない世界、めちゃくちゃ無味ですからね。最近はひたすらオタクに肩組みに来られたい。インターネットで繋がってた同年代も就活が始まってから真面目になりすぎて、楽しくない。あと邦ロック好きの友人たちと集まるといつも僕の知らん話で盛りあがり始めるから「こ、これは、いやだな……」と思ってるのもデカい。

・てかそれかも。それです。

・ほかにもなんか書こうかと思ったけど、それすぎるので、それとしか言いようがない。長らくファンを続けて話題が先鋭化しすぎると、比例式的に話が(知らない人には)つまらなくなるんですよ。それはもう避けようがない。よく考えたら僕もカービィとかは元からその枠だったから、間違いなく一番好きなコンテンツなのに滅多に話してないし。その範囲が「オタク一般」にまで来てしまった……というのが大きいです。聞かれたら話せるレベルには、好きなコンテンツはみんな大好き。あとやっぱり個人サイトのほうには書いてる(そういうコンセプトだから)。

・ネットミームに関しては人と会うときに喋って満足している。いやネットミームというか、擦りだ。「エヴァにだけは乗らんでくださいよ」とか「運命を決めるにしちゃセコいリングだ」とか言う。それで呆れられて満足している。終わりだ。「さらに終わった人」になりました。こちらはTwitterがXに変わってから「常にどういうツイートをするか考えている状態ではなくなった」ということによります。以前は常に考えていたので文法がそうだった。いまとどっちがいいんだ?


・ありがとうございます!!!  ミスをあげつらうわけでは当然ないんですけれど、急旋回で糾弾しててめちゃくちゃおもしろい形になっちゃっている。数学の件はヒドいですね。

・僕が昨日書いたフランス語の授業への愚痴は、根底に「僕が朝起きれないうえ授業をろくに受けていなかった」という原因があるので、基本的にはそんなにひどいことじゃないです!!(すみません)  大学教授なんてそんなに学生を教えたくてやっている人たちでもないのだし、自分のあたった方々はよいほうだったのだろうな、とは思っている。「僕に効いた」というだけで。怒鳴ってたのはいちおう英語の教師だし……(怒鳴るのは普通にメチャクチャよくなかったと思う!!!)

・ただ未だに思い出してもいやだなぁと思うのが二つあって、初年度の担当教授の言動が嫌だったんですよね。フランス語。

・その人は最初のほうに「ちゃんと授業を聞いてほしいから、敢えてただ読んでも意味のない、わかりづらい教科書を使っている」と言っていて、いや、うーーん!  長年講義を持っている教授が言うのだから、実際以上に重厚なニュアンスのある言葉ではあったのだろうけれど、僕はその言葉がとてつもなく嫌で、「なんてくだらないんだろう」と思ってしまったのだった。わかりやすい教科書を買わせてくれよ。

・ほかにも、その必修の授業は月曜一限だったんだけど、最初のほうに冗談めかして「この学部はみなさんの気を引き締めるためにあえてこの時間に必修を置いてるんですねぇ、洗礼ということで(笑)」とか言っていて、僕はそのとき「キモすぎる!!!!!!!」とデッケェ声で叫んで教室を出たのだった(後半が嘘)。その頃はまだコロナも結構深刻な時期だったので、通勤ラッシュで満員電車に揺られたあとに聞くはじめての授業がこんなにしょうもない思想で開かれているんだと思うと、本当に悔しくて、僕はもはや大学での学習全般に、完璧に興味をなくしてしまいました。直接的な辛口の指摘よりも、こういう軽さが何より嫌だった。

・一般的にはそんなにハードコアなわけでもない発言だとはわかっているけれど、僕にとってはもう本当にクリティカルで嫌だったんですよね。他人を100人集めても、僕はその発言を一番嫌がる自信がある。あまりに嫌すぎたので心の底に封印していましたが、いま思い出したのだった。フランス語への苦手意識で一番大きいの、間違いなくこれだ。「価値観が生理的に無理」というあんまりな先入観を持ってしまっている(もちろんフランス人に対してではなく、「フランス語学習」という行為に対してです)。

・原因さえわかれば対処のしようもあると思うので、思い出せたことを糧にやっていこうと思います。少なくとも教師にメチャクチャなこと言われてるのに自分のスタンスを決めつつ興味のあることは調べるくらいの距離感を保ってる質問者さんのことは、マジで見習いたいぜ……。すごい。せっかくやさしい言葉もかけていただけたので、がんばれる範囲で気楽になれればいいなと思います。ありがとうございます!!!!



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