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「電脳ボーイ」考察 遅れて来たゲーマーにヒーロー性は宿ったのか?

「電脳ボーイ」全5巻がやっと揃った。

知らない人のため簡単に説明すると、「電脳ボーイ」はコロコロコミックに1991年から連載されていた作品。ゲームに情熱を燃やす少年“祭場一騎”が、さまざまなゲームで対決する漫画である。

ゲーム漫画というと「ゲームセンターあらし」や「ファミコンロッキー」が有名だが、「電脳ボーイ」は同じコロコロ掲載だったこともあり、その系譜を受け継ぐ作品だ。個性豊かなライバルに、熱いガッツと超絶テクニックで勝利する、ホビー漫画の王道を地で行っている。

そして同時に「電脳ボーイ」は、ゲーマーを主人公とした漫画としては最後期の作品でもある。以降はコロコロのゲーム漫画といえば「スーパーマリオくん」を皮切りに「おれは男だくにおくん」「ストII爆笑4コマギャグ外伝」など、ゲームの世界そのものを描く作品がメインとなった。いわば遅れて来たゲーマー漫画であり、図らずも時代の転換点となった作品なのだ。


まさかの初対決、そして国民機へ…のはずが

連載が開始された1991年は、ゲーム業界が特に華やかな時代だ。ファミコンは脂が乗り切った時期だったし、PCエンジンとメガドライブもある。携帯機ではゲームボーイにゲームギア、おまけにゲーセンも元気だった。そしてこの時期に話題を席巻していたものといえば、前年1990年の末に登場したスーパーファミコン。

「電脳ボーイ」も時期的に、加熱するスーパーファミコン人気に合わせて連載開始されたことは想像に難くない。だがその第1話には、意外なタイトルを持って来ている。

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まさかの「Rー360」。

確かに体感ゲーム機の究極ともいえる作品、画的にも映えるという意味で第1話にはピッタリだ。というか体感ゲームで対戦するゲーマー漫画は(自分が知る限りは)他に存在せず、そういう意味でもいきなり本作の見どころである。

ちなみにこの話での対戦相手は天才ゲーマーであり、ガンガンに筐体を回転させて進む一騎に対して、相手はできる限り動かさない静のプレイで対抗。…うん、クリアの上では正しいのかもしれないけど…それは「R−360」のアイデンティティ全否定なのでは?


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第2話以降はここからが本番とばかりに、スーパーファミコンのタイトルが題材として増えていく。本体と同時発売だった「スーパーマリオワールド」「FーZERO」に始まり、以降も「ストII」「餓狼伝説」「エリア88」「高橋名人の大冒険島」「スーパーフォメーションサッカー」「大相撲魂」「超人ウルトラベースボール」「スーパーブラックバス」などが選ばれた。

その路線自体はいい。いいんだが…なんともラインナップが地味である。発売タイトルが少ない初期はともかく、その後も驚きの層の薄さだ。おそらく作者・ながいのりあき氏が前作のサッカー漫画「がんばれ!キッカーズ」でヒットした関係からスポーツゲーム多めになったのだと思うが…。


全てのゲームはここに集まる(偏りアリ)

偏りのあるスーパーファミコンタイトルを埋めるべく、本作では他ハードの作品も多く取り上げられている。まだまだ子供たちのメインハードだったファミコンに、コロコロとは関係の深いハドソンのPCエンジン作品、ゲームボーイからも「ドラえもん 対決ひみつ道具」が選ばれた。

ファミコンは「カプコンバルセロナ‘92」や「ヨッシーのたまご」「ボンバーマンII」などチョイスが渋好み。この時期にはファミコンを題材とした漫画自体が少なくなっていたため、珍しいファミコンゲームが漫画化されている点も本作の密かな見どころである。

中でも必見なのは「高橋名人の冒険島2」編。もちろん高橋名人が登場するのだが、何せこの時期は名人ブームから既に何年もの月日が経っている。となると子供たちの反応も変わるわけで…。

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腰ミノのおじさん扱いである。時の流れって残酷…!

とはいえ決して情けないおじさん扱いで終わらず、代名詞である16連射をフィーチャーした部分あり、ゲームの楽しさを伝える先達者として心に響く言葉もありと、決める所はしっかり決めてくれる。

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個人的には、全盛期の回想で「高橋名人物語」の1コマが使われている点を高く評価したい。やっぱ名人を描く人といえば河合一慶氏だよねぇ。


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PCエンジンからは「ファイナルソルジャー」「スターパロジャー」「ボンバーマン‘93」が登場。特にハドソンキャラバンの熱さを思い起こさせずにいられない「ファイナルソルジャー」編は名エピソードだ。

さて、その流れだと気になるのがセガの扱いだが…。安心してほしい、ちゃんと用意されている。この当時に「R−360」に勝るとも劣らず話題になった製品といえば…?そう、アレですよ、アレ。

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「UFOキャッチャー」。

いや、メガドライブでもゲームギアでもなくそこかよ!と突っ込みたくなるが、逆にこれはセガが当時のゲーセンにおいてトップランナーだった証左でもある。並み居る家庭用ゲームにアーケードから2回も殴り込みをかけられたわけだから。

それに、誰もが一度は妄想するであろう「UFOキャッチャー」対決だが、実際にゲーム漫画になっている例となると実はなかなか無い。バランスを考えてのキャッチやヒモ引っ掛けなど、実践で使える技も組み込みながら対決として読ませる内容も上々。ながい氏の手腕に唸らされる、イチオシのエピソードである。


必殺技が成り立たない時代の中で

スーパーファミコンタイトルを中心に、さまざまなゲームを題材にして熱いバトルを繰り広げた「電脳ボーイ」。その歩みは先述した通り、ホビー漫画の王道を地で行くものだ。だが実は「電脳ボーイ」には、先達のゲーム漫画である「ゲームセンターあらし」や「ファミコンロッキー」とは決定的に異なる点がある。

それは、必殺技の不在。

あらしには炎のコマやエレクトリックサンダーがあり、ロッキーにはゲーム拳必殺50連打があった。対して一騎には、特訓してゲームが上達する描写こそあれど、毎回お決まりのように繰り出す技が無いのだ。

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強いて言うならば高橋名人も認める連打があるが…どうにも地味感は否めない。

ここで改めて、先達たちの必殺技を検証してみよう。炎のコマは発火するほど高速のレバー操作でCPUの計算処理能力をも超える技、50連打は人知を超えた連打でバグや隠し要素を引き出す技である。そう、両方とも「超絶テクニックで有り得ない現象を起こす」という点で共通しているのだ。

いくらハッタリといえど、多少は説得力を持たなければ読者は熱狂できない。「あらし」の時代はゲームプログラムがまだ単純だったこと、「ロッキー」の時代は通常とは違うプレイから発見される裏技のブームがあったことが、ギリギリ信じられる根拠として生きた。

だが「電脳ボーイ」の90年代には、ゲームプログラムは簡単にはびくともしないほど複雑化し、裏技ブームもとうに過ぎている。そんな中で必殺技に説得力を持たせるなんて至難の業だ。

推察だが、ながいのりあき氏の起用はおそらくこの状況と無関係ではない。氏は、少年ジャンプで「キャプテン翼」が大人気となる中、同じサッカー漫画でも必殺シュートもない泥臭い作風を貫いて「がんばれ!キッカーズ」をアニメ化まで導いた実力者だ。もはや必殺技が生み出せない状況でゲーム漫画を描くには、これ以上ない適任だろう。


「最後期の作品」となった意味

だが、再びの熱狂は訪れなかった。必殺技を持たない祭場一騎は、あらしやロッキーのようなヒーローにはなれなかったのだ。

必殺技とは主人公の凄さを端的に表現する、漫画のケレン味である。現実的には不可能だと分かっていても、どこかであの主人公のように超絶プレイができるのでは?と「50連打〜!」と叫びながら一心不乱にボタンを叩いてしまう…。必殺技には、男子の憧れとロマンが目一杯に詰め込まれているのだ。

憧れやロマンを封印されてしまえば、もはやゲーム漫画に未来はない。たとえ派手な技に頼らない実力派漫画家の腕をもってしても。

「電脳ボーイ」がゲーム漫画の歴史で最後期になることは既に触れたが、それはなるべくしてなったことなのだ。必殺技が成り立たない時代に新たなゲーム漫画の主人公像を模索し、力尽きた作品こそが「電脳ボーイ」だったのだから。

新たなヒーローは未だ、姿を現していない。

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