『晴れ男と雨女』
- 年上が好きな理由をよく聞かれる
”好きな人がたまたま年上だった”
上だからしっかりしている、下だから幼い、とか
歳も性格も実際には大した繋がりなどなくて
どうせそんなのは表面上のイメージでしかない
俺たちは違う
みんな取ってつけたように紐付けては面白がるための材料にしているだけなんだ
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正直3つしか違わない年の差なんてただの数字でしかないと思う。
「そろそろここも慣れてきた?」
「まあそうですね、ぼちぼちと。」
急に話しかけられるのも驚きはしない。
遡ること三週間前。
友達とたわいのない会話の中で最近受かったバイト先のこと。
そこに気になる女性がいるという話をして盛り上がった。
全員が解散した後に
「もしシフトが被ったら話しかけてみる」
などと言ったことを思い出し、ひどく後悔した。
男の約束というのは簡単に破れるほど甘くはない。
普段から小心者の俺は余裕そうに言い切った裏で確かな焦りを感じていた。
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帰り道。
重たい息を軽く吐き出し、横目にある携帯の画面とともに歩き出した。
なんとなく眺めていた画面にLINEの通知が舞い込んできた。
「明日〇〇さんの代わりで入らせていただいたのでよろしくお願いします。」
名前を見る限り女性ということは理解できるが誰かはわからない。
人の顔を覚えるのは得意だけれど、名前を覚えるのは不得意な俺にとってまずは存在認知からだ。女性と2人きりになるタイミングこそ初めてなのにどうすれば。
「了解です。よろしくお願いします。」
それだけ返し画面を閉じる。話しかけるのは苦手だが。
彼女なら。相手が彼女ならいいのに、と思った。
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放課後も夕暮れと共に馴染んできた頃。
友達に別れを告げ足早にバイト先に向かう。
昨日の引っ掛かりは取れないままだが。
(名前、先に確認しておいた方がいいか…)
その時、携帯に気を取られた俺の前を今にも追い越しそうな影を見た。
目の前を颯爽と歩く凛とした横顔の。
(間違いない、彼女だ)
名前もまだ知らない。でも話しかけるなら今だと思った。
なんとなくの衝動が、直感が、そう急かして聞かなかった。
「…っあの!すいません。〇〇さんですか?」
「……? はい。」
「昨日のLINE…あ、△△さんの代わりにって」
「あ、そうです!もしかして…」
後々一緒になるということを知っていてもきっと俺は話しかけた。
彼女にはそんな不思議で取り込まれるようなオーラが漂っていたから。
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そんなこんなで俺たちはだんだんと話すようになった。
たまにかぶるシフトの日が物足りなくなるくらいに。
バイト先でしか知らない彼女のことを気付けばもっと知りたくなっていた。
ベットの上で不意に鳴り響いた通知音。
名前を見てすぐに返事してしまいそうになる。
「お疲れ様〜 そういえば来週の日曜日さ、空いてたりする?」名前を見て確認するスピードが上がる。
「お疲れ様です。空いてますよ。」
「君と一回もご飯行ったことないなぁって思って。奢るから行こうよ。」
自然と彼女の声で再生された。
普段の表情のわりに行動がアクティブで。意外と子供っぽくて、笑った顔も結構好きなんだよな。大きく笑うたび両手で口元隠して恥ずかしそうにするところとか。そういや好きな人とかいるのかな。彼氏の話なんて一度も聞いたことないけど。
そうしたって自分の前だけがいいな。
あの言葉も。表情も。ずるすぎんだよ。
全部全部。俺に向けてがいいのに。
ああ俺、あの人のこと。
多分きっと、いや確実にきっと好きになってる。
夜の静けさに心臓音がうるさく鳴り響いた。
今は布団に潜って隠れてただ落ち着かせることしかできない。
エンストした脳内で闇雲ながらに願うことは一つだ。
彼女との日曜日。
月曜日が早く来て欲しいとこんなにも思ったのは久しぶりだ。
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目的地はすぐそこという表示。
アヒルのボートが有名だと言ってはいたがここなのか、果たして。
思い悩む間もなく遠くの方から声がした。
振り返るといつもとは違う女性らしさ溢れる雰囲気に身を包んだ彼女。
そのギャップに心がまたやられそうになる。
どうやら向かう先のボート場はカップルに人気のスポットらしい。
あいにく天気は悪いがそれなりの人の多さであることが物語っていた。
慣れない手つきで券を購入し乗り込んだ。
間隔はほぼゼロに等しく、一瞬時が止まった感覚に陥る。
そんな俺を前に彼女が口を開いた。
「雨でもなんか悪くないね」
「悪くないですけど、俺昔から”晴れ男”ってみんなに呼ばれてるから今日は晴れて欲しかったな」
「あー私逆だな。どんな日でも雨にしちゃうから”最強の雨女”なんて言われてた(笑)」
「そうなんですね。でも次は絶対晴れにします。」
「なんでそんなに自信ありげなの?(笑)」
「だって雨降ってるけど心はものすごく晴れてますよ。雨の憂鬱も吹き飛ばせそうです。晴れでも雨でも変わらず俺にとってすごくいい日になりそうだなって。」
(だって、あなたがいるから)
最後の言葉はいつか言えたらいいと思っていた。
でも今日は言ってしまいそうになる。
所詮恋人でもなんでもない相手からの好意。
彼女はこんな俺を知ったらどう思うのだろう。
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ご飯を食べに行く目的で来たのに寄り道をしすぎていたことに今更ながら気づいた。
”そうだ、いい場所がある”
と言われ入った店内は少しだけ廃れていてほのかに薫る匂いは懐かしさを感じさせるものだった。
「〇〇さんってここよく来るんですか?」
「昔はよく来てたんだけど、最近は全然」
「あぁ、前の彼氏さんとかですか?」
表情に一瞬違和感を覚えた。
「…うん。でもここのラーメンは相変わらず美味しいよ。」
「誰と来ても変わらずにね。」
逸らした後の瞳が今度はこっちを向いた。
”誰と来ても”
それだけが胸を何度も何度もざわつかせた。
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夕やけが滲んだ頃。
解散するつもりでいた俺たちはせっかくならとイルミネーションを見て帰るという話になった。
傍らで彼女は相変わらず表情を態度を崩さず楽しそうに最近の出来事を話しては笑っていた。
歳の差なんて、ましてや過去なんてどうでもいいとあれだけ言っていた口が今はつぐむことしかできなかった。
俺たちの間には決して埋められない何か大きな溝がある。
それを知ってもなお、歳の差だって過去だって理由にならないと言えばならないが、今はなんだかそれをも盾にしないと心がなくなってしまいそうなくらいになんだか息苦しかった。
「綺麗だね。」
イルミネーションを見上げる横顔は今にも消えそうなくらい美しく儚げで、真っ直ぐ見据える眼差しがやけに寂しげだった。
いつかに見た、その時もこんな表情で見上げていたのだろうか。
俺だったらこの人にもうこんな表情させないのに。
少し前を歩くその背中を追いかけたかった。
「あの、〇〇さん!」
「ん?」
「言いたいこと本当はたくさんあるんです、でも」
「いや言えないままは辛いので言わせてください。」
「うん」
「〇〇さんの隣にいたいです、俺。」
「いきなりこんな、だめですよね。すいません。」
「びっくりしたけど、やっぱり君らしいな(笑)いいよ、いつかね」
冗談でめいた言葉に本気じゃないのはすぐわかった。
やっぱりそうなんだ。
埋められないものが確かにそこにある。
変えられないんじゃなくて変えたくないんだ。
想いが強く意思が堅い。俺が惚れた部分だった。
濡れた足元。どうしようもない感情のやるせなさ。
優しくも意地悪な言葉たち。
刺さって抜けることはなかった。
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それから一週間くらいでバイトを辞めた。
彼女からのLINEもいつからか返さなくなっていった。
後ろめたい何かに向き合うのも、それが原因で気まずくなるのもただただ怖かった。
友達には彼女とのことをたくさん聞かれたけど、全てを話したいと思えなくて適当に受け流した。
しばらく経ってからの風の噂で、彼女が結婚するということを耳にした。
お相手は一つ上の同じ大学の先輩。彼女への一目惚れからの猛アタックだったらしい。
どんな表情で どんな言葉で 気持ちに応えたのだろう。
最近の晴ればかり続く日々を持て余していないだろうか。
いっそ嫌いになれたらどれだけ楽か。
青く澄み渡る空の下で、
雨が降れば俺のことを思い出してくれるかもなんて、
淡い期待を掠めたまま 前に進めない俺と
年上で 無邪気で 太陽みたいに笑うあの人がいた季節は
これから降りつもる雪の代償になって、溶けきって、見えなくなってしまえばいい。
さよなら。どうか末長くお幸せに。
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