見出し画像

あこがれの『深夜特急』に乗りにいこう

あこがれの本がある。
ずっと、これをやりたいと思い続けていた本。
主人公のようになりたいと思っていた本。

沢木耕太郎の『深夜特急』。
ユーラシアを路線バスで横断するという、若かりし頃の筆者の挑戦を描いたドキュメンタリー。
1970年代の世界を、井の中の蛙だった筆者の目から描き
その世界に対して抱く感情を綴ったバックパッカーのバイブルだ。

ひとり、世界に出て、街から街へと動き続ける。
頼れるのは自分だけ。自分で道を拓いていく、リスキーでスリリングな旅。
でもひとりでないと得られない経験がある。
ひとりでないと見つけられないものがある。
バックパッカー旅の魅力を教えてくれた、私にとって大事な本だ。

この本を初めて読んだのは高校1年の時。
その時の私は、まだ一人旅というものをしたことがなかった。
やたらに保護的な親のせいかもしれない。旅というのは、家族や添乗員付きで行くものだと思い込んでいた。
その観念が、『深夜特急』によって破られた。
これまで心のどこかで抱いていた、自分で羽ばたきたいという気持ち。
いわゆる観光地の外側に、もっともっと面白い世界がありそうだというワクワク感。

いままで薄々感じながらも押し止めざるを得なかったそれらが、『深夜特急』で爆発した。

次の年、親をなんとか説得し、リュック一つで四万十川に一人で向かった。
山の合間をゆったりと流れるあの川を見たい、ただそれだけの理由。
たった1両の列車の窓から、あの川が見えたとき。
沈下橋の上に座ってあの川をただただ眺めていた時。
憧れの景色への感動をひとり占めしながら、
一人で来られたという達成感と、一人でも行けるんだという自信にどっぷり浸っていた。

あの旅から10年近く経った。
何度も『深夜特急』を読んで、カバーは擦り切れた。
バックパッカー旅も何度か積み重ねた。
台湾一周で脚を慣らし、コロナを挟んで南欧・アルバニアへ。
ある程度の場所なら一人で行ける自信、トラブルも乗り切れる度胸がついた。

今年のGWは10連休。そのことにカレンダーを見て気づいたとき、
小さい頃に見たあるテレビ番組の記憶がよみがえってきた。
それは、中国・雲南省の怒江という川の崖にへばりつくようにして住む少数民族のドキュメンタリー。
山から数百メートルの急斜面を下った所に、轟音を立てて流れる川。その姿は、まさに怒れる川。
その川の反対側にある集落まで、谷に架けたワイヤーロープを伝っていく住人達。
世界にはこんな場所がまだあるのか。衝撃を受けたことを覚えている。

あんな場所に行きたい。でも中国はビザ免除が停止され、行きにくくなってしまった。
でも、国境の反対側はどうだろう。
雲南省の山を挟んで反対側・ベトナムもそこそこ山だ。黒河という川も流れている。
調べてみれば、ハジャン省という場所らしい。ベトナムでも民族色の濃い、少数民族地帯。ネットいわく、「ここ数年欧米では関心度の高い観光地で、バイクを借りて地域を一周するスタイルが一般的。ただ、まだまだ観光地化が進んでおらず、道から少し外れればまだまだ原風景が残っている」らしい。
省ひとつ分あるのに、地球の歩き方に2,3ページしかないというのも気に入った。
ここなら、行ける。

困難に遭遇するリスクは人々とのコミュニケーションの機会と表裏の関係にある、だからこそ、彼はデリー・ロンドン間の移動に路線バスを選んだ。沢木はそう語っている。

この山奥で、あえて不便な路線バスを駆使して旅をしたら面白いかもしれない
人が住んでいて、車が普及していなければ、多分バスがある。
もしバスがなくても、バイクタクシーを自分で交渉してチャーターすればなんとかなるだろう。

ここではきっと、小さな『深夜特急』のような旅ができる。

そう気付いた時、ぼくはもうベトナム行きの航空券を取っていた。
目的地は、少数民族というノスタルジックな言葉と、あのドキュメンタリーの景色。
それがどこにあるかはわからないが、そのぐらいでよいのだろう。
これは、スリリングな『深夜特急』の世界の旅なのだから。 

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?