2017年 02月 28日

とはいえ、結果、チャレンジっぽいことを49でやってみたわけだが、うまくは行かなかった。
「チャレンジする私」を応援してくれる人がものすごくたくさんいたことに感謝をささげるのは、きちんとした場所で、大人として、本当にそう思っているし、伝えようとしてきたつもり。

一方「割と早めにギブアップする私」のことも受け入れてくれる人が多かったのは意外。みんなチャレンジを試みる人にやさしいんだなと思った。

割と早めにギブアップすることを、受け入れられない一位は私自身だけど、それはまぁ、置いておいて。

チャレンジすることを私に強く勧めた人たちも、受け入れがたいメンバーの一員。受け入れがたさを受け入れざるを得ない場合に、一番簡単な方法として、「想定外のリスクがあった、避けようがなかった」という物語を作ることなのかもしれない。

「あなたが優秀すぎて相手には使いこなせなかった。あんなに馬鹿な人たちだとは思わなかった。私たちとはレベルが違う。」という物語。

そして、その物語を完成させるために「あの馬鹿な人たちに、あなたがいかに優秀であるかを思い知らせるために、何かすごいことをやりなさい。」という圧力。
それにはちょっと疲れる。だから・・・・それは無理なんです。ごめんなさい。勘違いさせてしまって。

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