第27話 友人の話-雪
友人の美鈴さんは雪が苦手だ。
彼女はかつて、ストーカーに悩まされたことがあった。
半年ほど付き合った男性だった。
「なんとなく、違うな、っていうのがあって、別れたんだけど……」
男の方はその別れを受け入れなかった。
大阪で一人暮らしをしていた彼女の家に、何度も押しかけ、しまいには職場にまでやってきた。
「カッターナイフを3本も腰に差してきたから」
身の危険を感じた彼女は、広島にある実家に戻った。
彼女の実家は山深い集落にある。
家の前を小川が流れ、背後には深い山。
一番近い人家まで、車で10分近くかかる、というひなびた立地だ。
ここまでは追いかけてこられないだろう。
だが、男はやってきた。
一人暮らしの住まいを引き払って、半年が過ぎていた。
真冬で、あたりにはうっすらと雪が積もっていた。
現れた男は、その雪を踏んでも足跡が残らないのでは、と思えるほどに痩せこけていた。
「別れたのだから、帰ってほしい」
彼女はそう告げ、両親も男にそう頼み込んだ。
男は泣き、わめき、地面に倒れ伏した。
数時間して、ようやく起き上がり、立ち去った。
以来、美鈴さんは彼を見かけていない。
男は行方不明になったのだ。
数日後、男の両親から連絡があって、美鈴さんはそのことを知った。
行方を知らないか、と訊ねられて、実家までやってきたことは教えた。
その後の行き先に心当たりはない。そう答えた。
「本当は亡くなっている気がしたんだけど」
男が去った翌日、美鈴さんの家の周りに、真っ赤な雪が降った。
美鈴さんはそのとき、屋外で両親の畑仕事を手伝っていた。
真っ赤な雪が降ったのはほんの数分だったが、畑の畦や納屋の屋根が赤く染まった。
「臭いとか、そういうのはなかったから、血ではないと思う」
それでもひどく怖くて、彼女はすぐ、家の中に逃げ込んだ。
今でも、雪が降り始めるとすぐ、彼女は屋内へと駆け込む。
かき氷も食べない。
男は依然、行方不明のままだ。
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