第19話 友人の話-空間
「特に不思議なものを見たわけやないんやけど」
不思議な体験や怖い体験はないか?
ぼくの問いに、伊地知はそう答えた。
高校時代からの友人である伊地知は、仲間内では旅行好きとして知られている。
一人で出かけることが多いが、穴場を見つけると、後に友人を誘って再訪するのも楽しいのだとか。
「そのときも、○○とか、××を誘ってな」
行き先は古い温泉地だった。
近くに人が集まる観光名所などがないため、ひどく寂れていたが、伊地知にはそれがまた、えもいわれぬ風情に感じられたという。
気の置けない古い友人と、馬鹿話をしながら酒を飲み、気が向いたら温泉に入る。
街が寂れていようが、とても楽しいひととき……のはずだった。
「でも、なんとなく盛り上がらへんねん」
部屋にいても、大浴場に入っても、3人の会話は途切れがちになり、結局、なんとなくしらけた雰囲気のまま、帰ってくることになった。
しばらくして、その旅行のことをブログにアップしようとして、伊地知は奇妙な違和感に襲われた。
「温泉街とか、行き帰りの道中で、写真を撮ったんやけどな……」
伊地知が撮った写真には、構図のおかしいものが何枚かあったのだ。
「変なスペースが空いてるんや」
温泉に向かう途中、恋人たちの聖地として有名な岬を見つけた彼らは、男ばかり3人で写真を撮ったという。
セルフタイマーを使ったので、全員が写っている。
ただ、その写真を見ると、友人2人と伊地知の間には、なぜか奇妙な空間があるのだ。
「撮った時は、おかしいとはまったく思わへんかってん」
それがごく自然な立ち位置に思えた、と伊地知は言う。
一緒に行った○○や××に訊いても、写真を撮ったことは覚えているが、特に違和感はなかった、と答えたらしい。
さらに、伊地知には不審に思っていることがあった。
「なんで俺ら、アルファードなんて借りたんやろ?」
旅行に行くため、レンタカー店で借りた車は8人乗りのワンボックスカーだった。
ずっとそれで走り、帰ってきたが、その間まったく、なんの疑問もなかったという。
3人しか乗っていないはずだが……
「ちょうどいいサイズに思えた」
ただ、不思議なものは何も見ていないし、聞いてもいない。
伊地知はそう言い張っている。
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