第64話 自分の話-後ろを通るモノ
書き続けると、見るようになる。
実話怪談には、そんな都市伝説がある。
このジャンルの巨匠、平山夢明さんや福澤徹三さんなども、そのようなことを書いておられる。
見るだけではすまない、とも。
以前にも告白したが、ぼくは今まで一度も、「見る」という体験をしたことがない。
そのため、書くことによる怪異との接触には、少し期待するところがあった。
拙作「ききがき」をアップする時間帯はバラバラだが、ライティングはほとんど深夜である。
本業のノルマが終わってから、「じゃあ書こうか」と取材ノートを広げるためだ。
一昨日も、書き始めたのは深夜の2時ごろだった。
たいてい起きているので、気にしたこともなかったが、そういえば「草木も眠る」丑三つ時である。
妻はもう寝室だ。
カタカタとキーボードを打っているぼくの背後を人の気配が通った。
仕事場はリビングとつながっている。
仕切りを閉じることもあるが、夜はベランダからの外気が通りやすいよう、開け放っていることが多い。
だから、人が通れば気配を感じる。
感じて、後ろを通ったのは、妻だと思った。
他に誰もいないのだから。
気配は廊下側から入ってきて、ベランダ側までスタスタと歩いた。
感じたのは、その足音と衣擦れ、それに人の動きで生まれる空気の流れ、といったものだった。
深夜テレビでも見るつもりかな?
特に珍しいことではないので、書きかけのテキストを最後まで打ち、それから振り向いた。
誰もいなかった。
妻に話すと、数日前の日中には、誰もいない寝室から男の声が聞こえた、という。
話に聞く通りのことが、始まったのだろうか?
妻は怒っている。
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