第53話 友人の話-コナレル
大学を卒業してしばらく、キノモトくんは就職もせず、建設作業員のアルバイトをしていた。
いわゆる土方である。
身体は辛いが、実入りはけっこういいし、束縛もない。
お金が要る分だけ働けばいい、というのが気に入っていたのだ。
「それやのに、嫌な奴がいてな」
その男は、よくお世話になっていた商業ビル建設の現場に、出入りする発注元の正社員だった。
現場には、年老いた作業員もいる。
自分より弱そうなそんな作業員を見つけては、「役立たず」「死ね」などとののしるのだ。
さらにひどいケチで、昼食はよく、現場に設けられた簡易食堂ですませていった。
クーラー下の、一番いい席に座って、ビールまで飲むのだ。
盛夏の現場でほとんどの作業員が腹を立てる中、1人だけ、ニコニコと見ている男がいた。
「なんだかヒョロッとした人で、その人もときどき蹴られたりしてたんやけどな」
腹が立たないのか?
キノモトくんが訊くと、男は首を横に振った。
「あのテーブルの上に、吉岡さんがおるんや」
吉岡さんというのは、少し前に現場の事故で亡くなった作業員だった。
仕事は丁寧だが、なんとなく女性的な雰囲気があり、発注元の社員に、よくいじめられていた。
男によると、その吉岡さんの霊が、あの嫌みな正社員の昼食の皿とちょうど重なっているのだという。
とはいえキノモトくんにはまったく見えない。
法螺を吹いているのだろう、と思った。
土木の現場には、そういう人がけっこう多いのだ。
悪気はない。
面白い話をして注目されたいだけなのだろう。
ただ、一つだけ不思議なことがあった。
肉じゃがとサラダのセットを食べながら、嫌みな社員がときおり首をかしげていたのだ。
「なんか生臭いぞ」
出て行くときには、調理場に向かって吐き捨てた。
翌日から、その社員が来なくなった。
数日後にやってきた別の社員に訊ねると、あの日、現場から帰社するなり盛大に昼食を吐き、翌日から入院しているという。
罰が当たったのだ。
吉岡さんの仕返しだ。
キノモトくんは単純にそう思った。
とはいえ、死ぬほどのことはなかったようで、翌月にはまた現場にやってきた。
久しぶりに見る彼は雰囲気が違っていた。
キリキリとつり上がっていた眉が下がり、今にも噛みつきそうに見えた口元には薄らボンヤリとした笑みがたたえられている。
作業員に会うと、丁寧に頭を下げ、穏やかに話す。
別人か、とも思ったが、名札を見るとやはりあの社員だ。
現場の人間はみな喜んだが、キノモトくんは不気味なものを感じた。
「だって、コナレタから」
吉岡さんの霊を見た、といっていた男に訊ねると、そう説明された。
コナレタってなんだ……とは重ねて訊けなかったそうだ。
「ごっつい怖いこといい出しそうやったから」
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