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第3話 母の話-卓球

私の母は中学生のころ、ソフトボール部のキャプテンだった。

昭和30年代のことだ。
当時は夏休み、中学生だけで合宿する習慣があったという。

「楽しいけど、とにかく怖くて」

夜中、校舎の中は真っ暗になる。
トイレに行くのも本当に怖くて、みんなで固まっていくしかない。
なのに、夜には怪談大会だ。

「中でも怖い話があって……」

その学校では春に、教師の1人が自殺していたのだ。
クラブの指導にも熱心な、いわゆる熱血教師だった。

自殺の原因は失恋とも学校のお金を使い込んだから、ともいわれていたが、子どもだった涼子さんたちは、どちらともわからなかった。

深夜、その教師の霊が出るという。
体育館で1人、卓球をしている姿をバレーボール部の誰かが見た、といううわさがあった。

「見たのはテニス部の子だった、といううわさもあったけど」

うわさはあくまでうわさだ。
中学生ともなると、そのあたりの判断はできる。
そのはずだった。

母が誰かに起こされたのは、合宿が終わる最後の夜だった。
一瞬、寝ぼけていた彼女は、教師の霊に首を絞められているのだ、と思った。

「せ、先輩、先輩!」
彼女の首に腕を回してかじりついているのは、1年生部員だった。
「なに?」
彼女の問いに答えたのは、別の声だった。

「音……」

耳を澄ますと、その音が聞こえた。
カツン、コツン、カツン、コツン……。
リズミカルな硬い音だ。

寝室代わりの教室を見渡すと、すでに大半の部員が身体を起こして、その音に聞き入っていた。

カツン、コツン、カツン、コツン……。

音はいつ果てるともなく続く。
「卓球……だよね?」
それは、誰かがピンポン球を打ち合う音そのものだった。

ソッと窓辺に近づいてみたが、体育館は闇に沈んだまま、明かりは見えなかった。
誰かが卓球をしているなら、真っ暗闇の中で打ち合っていることになる。

「虫だよきっと」部員の1人が言った。
母にもその気持ちはわかった。
たしかに、体育館の大きな水銀灯にひかれて、虫がぶつかることはある。
カブト虫くらいのサイズと硬さがあれば、似た音は出るかもしれない。

でも、あんなにリズミカルにぶつかる?

それに、虫は光に集まるのだ。
明かりがついていない水銀灯にぶつかっていくことはない。

結局、音は明け方まで続いたが、日が差すと同時に、ふっつりと消えた。

母は今でも語る。
「怖くて見に行けなかったけど、もし体育館をのぞいたら、なにを見ることになったのだろうね?」

※過去に某メディアで書いたことのある話を今回、このサイト用にリライトしました。
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