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第9話 妻の話-ついてくるもの

「今はまったく見えなくなったけど」

子どものころから妻はいわゆる「見える人」だったという。

彼女曰く、霊は普通、色がなく、声も出さない。
モノクロの影絵みたいなものらしい。

「テレビ番組に出てくるような、迫ってきたり、話しかけてくるものは、見たことないわ」

ただときどき、そのセオリーに合わないものがいる。

あるとき妻は、「ついてくる霊」に悩まされることとなった。

「いつからそれがいたのかは、わからないのよ」

気がついたら、「モノクロの中年男性」が彼女の背後にいたのだという。
家の外にいる間は、そいつがずっとつきまとってくる。

当時、OLをしていた妻は、両親とマンションに住んでいた。
霊はそのマンションの前にいて、彼女が出かけると、いつも後ろについてきた。

「電車の中も、会社の中も、ずーっとくっついてくるの」

なにか言いたいことがあるのか、問いかけてみたが、なにも言わない。
いや、言おうとしているが、聞き取れないだけなのか。
とにかく、意思の疎通はできない。

「誰か、聞き取る力がある人のところへ行きなさい、って言ってみたけど、ダメだった」

ただ、ずっとついてくる。
幸い、なぜかマンションには入ってこなかったので、帰宅すれば解放された。

とはいえ、外に出るといつもそれが背後にいる、というのでは、だんだん神経が参ってくる。
ついにある日、妻は一計を案じた。
仕事帰りに、神社の境内に入ったのだ。

「神様がいるところには入ってこられない、って聞いたから」

実際、霊は鳥居の前で足を止め、彼女を見送るだけだった。
妻は境内の反対側から出て、そのまま家に帰った。

翌日、マンションを出るときはドキドキものだった。
霊が待っているのではないか?
しかも、前日まかれたことで、怒っているのではないか?
そう思ったのだ。

街中でまかれたとはいえ、マンションの場所は知っているのだ。
そこで待っていれば、彼女を見つけられることは、わかっているはずだ。

だが、マンションの前に霊はいなかった。
その後も、現れることはなかった。


妻は言う。
「幽霊は意外に頭が悪いのかもしれないわね」

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