第1話 弟の話-霊の重さ
霊には重さがあるか?
霊に出会ったことがある、という人でも意見はバラバラだが、大手商社に勤務する私の弟は「ある」と信じている。
弟はいわゆる「バリバリの商社マン」だ。
会社からは「中国の専門家」として育成されたため、早くから香港に赴任。
その後、北京や上海という中国の中心都市を渡り歩いてきた。
「あれに出会ったのは、香港に住むようになってすぐのことやけど」
会社から斡旋された住まいは、まだ新しい豪華マンションだった。
家族5人でも十分な広さがあるファミリー向けの大きな物件。
ただ子どもたちには学校の都合があったため、弟はしばらく1人住まいすることとなった。
幽霊など見たこともない彼は、自分には霊感などないし、そもそも幽霊など存在しない、と考えていた。
ただ、その家についてはなぜか
「やけに肌寒い感じがしてね」
空調が完備した新しいマンションなのに、室内はジメジメしていて、いつも身体の芯が冷えてくるのだ。
そのうちに、奇妙な現象が起きるようになった。
消したはずの廊下の明かりがついていたり、逆につけておいたはずの今の明かりが消えていたり。
深夜、パソコンがいきなり起動することもあった。
白々とした明かりに目を覚ますと、机の上でノートパソコンのディスプレイがジリジリとハードディスクを回転させているのだ。
電磁波かなにかのせい?
あくまで科学の範囲で考えようとしたが、気がつくと夜を恐れるようになっていた。
なにかよくないものが潜んでいる。
そう感じられる空気が、その部屋にはあったのだ。
そうしてある日、決定的なことが起きた。
深夜だった。
眠っていた弟は、ふと何かの気配に目を覚ました。
誰かがいる。
寝室に人の気配がするのだ。
キングサイズベッドで、彼は壁の方を向いて横になっていた。
気配はその背後にあった。
(強盗?)
一瞬、そうも考えたが、家族と一緒に住むつもりのマンションは、セキュリティ面にもかなり配慮して選んだ物件だった。
寝る前にドアチェーンもかけた。
なのに、それは深夜の寝室にいた。
絨毯を踏みしめるかすかな音をたてながら、ゆっくりと近づいてくるのがわかる。
声はなく、ただ無言。
そして……。
ベッドがきしんだ。
それがのってきたのだ。
マットレスのスプリングがギシギシと音をたてる。
そいつがベッドの上を進んでくる。
四つん這いになって、這っているのだろう。
進むごとに、ギシリ……ギシリ、とベッドがかすかにきしむ。
弟は恐怖のあまり、ただただ身体をこわばらせて、眠ったふりを続けるしかなかったという。
と、背中の際でマットレスがへこむのがわかった。
すぐ後ろまでそいつがやってきたのだ。
(なんだ? なにをするつもりだ?)
起きていることを覚られたら、なにをされるかわからない。
必死に息を殺したが、身体は小刻みにカタカタと震えてしまう。
どれほどそのまま震えていただろう。
気がつくと、いつの間にか気配は消えていた。
「霊には体重があるんやで」
弟はそう思っている。
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