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第69話 友人の話-留守電

「自分ではどうしようもないこと、ってやっぱり怖いですね」

カキヌマさんは関西では有名な女子大に通っていた。
実家は広島なので、合格と同時に、ワンルームマンションを借りた。

初めてのひとり暮らしだ。
昼間は大学、夜は外食店のアルバイト、と楽しく忙しく日々が過ぎていった。

そんな中、ひとつだけ気になることがあった。
奇妙な留守電が入るようになったのだ。

「あなたも……でしょ?」

女性の声でそう告げるだけ。
意味がわからないし、声の主も思い当たらない。

なんとなく気味が悪い。

留守電をセットしなければよいのだが、まだ携帯電話が普及していない時代だ。
実家からの連絡を受けるため、留守電ははずしたくない。

メッセージは毎回同じで、相手のことを知る手がかりはない。
鼻の通りが悪いのか、言葉の合間に必ず一度、ズズッと息を吸う音が入る。
それも同じだ。

在宅中にかかってくることがあれば、誰なのか、なにがいいたいのか確認できるが、メッセージの主がかけてくるのは、決まってカキヌマさんが不在のときだった。

気になるが、どうしようもない。

「ストレスのせいだった、とは思うんですけど」

カキヌマさんはものを盗むようになった。
コンビニで文房具を盗み、アルバイト先では客の財布を盗んだ。

「特に欲しいわけでもないのに、気がつくとポケットに入れてしまうんです」

外出するのが怖くなり、大学も休みがちになってしまった。

中学時代の友人から、奇妙な話を聞いたのは、そんなある日のことだった。
同じような留守電に悩まされている同級生が、他にもいるらしい。

「あの子と、ほらあの子も」
友人が挙げた名前には、覚えがあった。
中学時代、とある女子グループのリーダー格だった2人だ。

「でさ電話してくるの、ヤマベらしいんだよね」
その名前も記憶の片隅にあった。
たしか、2年生の途中で不登校になった子だ。

いじめが原因だった。

クラスの中で盗難事件が起き、犯人は彼女だという噂が流れた。
「貧乏そうに見えるから」というだけの理由で、誰かが言い出したもので、根拠もなにもなかった。

だが、根拠がないだけに、疑いを晴らすことは難しい。
噂が広まるとともに、彼女は学校に来なくなった。
卒業式にも出なかった、と聞いた。

「でもヤマベは、死んだのでは?」

家族と街を離れ、その後、交通事故で亡くなった。
誰から聞いたかも覚えていないが、カキヌマさんはそんな噂を耳にした覚えがあった。

たしかに一時、そんな噂が流れた。
友人によると、たしかにそんな噂が流れたが、葬儀に参列した、という知り合いはいないという。

そういえば、リーダー格の2人は、嬉々としてヤマベをいじめていたっけ。

「それが、2人ともおかしくなっちゃったのよ」友人は声を潜めた。

そろって地元で結婚し、主婦をしているという。
2人とも子どももいるようだが、少し前に逮捕され、精神科のある病院に収容された。

狭い田舎町のことだ。
地元に残っていれば、噂はイヤでも耳に入ってくる。
常習的な万引きが原因だった。

カキヌマさんも、いじめっ子のグループと行動を共にしたことがあった。

「正直、あの噂を広めたことも……」

大人になってみると、なにが面白かったのか、まったくわからないが、当時はそれがひどく楽しいことに思えたのだ。


カキヌマさんは現在、アラフォー世代だ。
離婚を2回経験している。
仕事も長く続かない。

「今でも留守電が入るんです」

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