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第56話 友人の話-インフルエンザ

ベテラン教師のイザキさんは気をつけていることがある。

「霊感のある子は要注意なんですよ」

過去に一度、騒ぎを経験しているためだ。


数年前、イザキさんが勤めていた中学校で、学級閉鎖が起きた。

体面を気にする私学のため、表向きの理由はインフルエンザとされたが、副担任だったイザキさんによると、真相は違うのだという。

「6月ですよ。インフルエンザはないですよ」

きっかけは遠足だった。

「あまり知られていない場所だったのです」

行き先に選ばれたのは、地元の町が観光地として売り出そうとしている、古い城跡だった。

風情があるいい場所。
下見に行った教師はそう報告していたが、実際に行ってみると、観光地としての整備は進んでおらず、石垣に囲まれた台地があるだけ。
うっそうとしげる木々に囲まれているせいで、昼でも薄暗い。

後に聞いた話では、県内では有数の自殺の名所だという。
車でやってきて練炭自殺をする人や、首を吊る人が多い場所なのだ。
数年前には、誘拐されて殺された女性のバラバラ死体が捨てられていたこともある。

無理矢理にでも観光名所にすれば、雰囲気が変わり、嫌な事件が減るのでは。
地元が遠足を誘致する背景には、そんな期待があったらしい。

ただ、遠足のときには、そんな裏事情は誰も知らない。
来てしまったのだから楽しもう、ということで、城跡を見学し、お弁当を食べて帰った。

事件が起きたのは、帰りのバスの中だった。

なんとなく退屈げな雰囲気を察した担任教師が、思いつくままに怪談を語り始めたのだ。
まだ若い男性教師だった。

「キャーキャーいわせて、雰囲気を盛り上げたかったんでしょう」

男性教師の思惑通り、バスの車内には、甲高い悲鳴がうずまき、それなりに華やいだ雰囲気にはなった。

そんな中、イザキさんは気がついた。
最後尾に近い座席に座る女の子が、ガタガタと震えてる。

冷房はそれほど効いておらず、寒いとは思えない。
担任教師の怪談も、余韻を残すほど怖いものではなかった。

「おかしいな、と思っているうちに、けいれんに近い状態になって」

普段からあまり目立つ子ではないので、とっさに名前がわからなかった。

てんかんの持病を持っている子がいたっけ?
担任に訊ねてみたが、あわてるばかりで、わからないという。

バスをこのまま救急病院に乗りつけてもらうか。
別の車両に乗っている校長に電話して、指示を仰ごうとした瞬間、その女子生徒が立ち上がった。

「殺せ、あいつ、俺、殺す、殺す……」
ブツブツと呟きながら身体を揺する。

恐ろしげな様子に、子供たちが悲鳴を上げ始めた。

「怪談にキャーキャーいってるときとは違って、本物の悲鳴は耳がキーンとなるくらいに甲高いんですよね」

近くの席に座っていた生徒たちが、少女から遠ざかろうと立ち上がる。
危険だが、バスは高速道路を走っており、止めることもできない。

イザキさんは彼女の肩を抱き、どうにか座席に座らせた。
そのまま病院に着くまでずっと彼女を抱いていた。
周りの生徒には、大丈夫、と声をかけたが、本当は自分も怖くてたまらなかった。

少女が意味不明のことを囁き続けたからだ。

俺だけじゃないのに……。
死ねない。
スドウのせいだ。
首が痛い。
スドウを許さない。

とにかく意味不明だった。
「それに、ときどき声が変わるんです。男の人の声に」

それでも病院に到着し、処置を受けると、なんとか少女は落ち着いた。
眠りについた彼女を見て、ホッとしたイザキさんだったが、それで終わりではなかった。

翌日、授業中に同じクラスの女子生徒が倒れたのだ。

イザキさんは別の教室で古文を教えていた。
ひどい悲鳴に駆けつけてみると、机の間に、女子生徒がうずくまっているのが見えた。

「首が、首が……痛い、殺してくれ……」

イザキさんは背筋が寒くなった。
昨日おかしくなったあの子と同じだ。
しわがれた声は、首を締め上げられながら発しているように聞こえる。

周りを囲んでいた別の生徒が、叫び始めた。
キーンと天井に響く声を張り上げ、それからドサリと倒れ伏す。

同じ症状を見せる生徒が2人、3人と続き。結局、10人近い生徒が救急搬送されることになった。

集団ヒステリー。
治療に当たった医師はそう説明した。
それ以上広がらないよう、学校側は一週間の学級閉鎖を決めた。
保護者会では、インフルエンザによるもの、として扱うことが了承されたので、マスコミに報じられることもなかった。


「でもね、集団ヒステリーというのとは違うと思うんです」
イザキさんはいう。

なぜ、そう思うのでしょう?

「最初に発症した生徒が呟いていたスドウという名前を、翌日に倒れた生徒も口にしていたので」

最初の生徒がその名前を口走ったのは、彼女が抱きしめている間だけだった。
小さな声だったが、耳元だったので、彼女にだけは聞き取れた。

「他の生徒が知ってるとは思えないんですよね」

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