第52話 noteフォロワーの話-茶室の来訪者
「霊というのではないと思います」
アキノさんが働く茶道教室は、江戸時代の城趾近くにあった。
茶道教室では朝一番に打ち水をする。
庭から門の外まで水を打って、客に備えるのだ。
ある年の初夏、打ち水をしていたアキノさんは、背後にふと人の気配を感じた。
平日、朝一番の来客はほとんどない。
門も閉めた気でいたため、やや油断して鼻歌を歌っていた。
「あ、やばい、と思って」
あわてて営業スマイルを作り、頭を下げた。
顔を上げ、驚いた。
そこにいたのは、十二単を着たお姫様だったのだ。
背後には侍女が2人。
「百人一首から抜け出してきたみたいでした」
顔立ちは定かには覚えていないのだという。
あまりに驚きが強かったせいだろうか。
記憶しているのは、イメージしていたより、背が高かったこと。
それに桜色の地に黄色い花を散らしたような単衣を着ていたこと。
お姫様はアキノさんの横をしずしずと通り抜け、茶室の方角へと消えた。
門の脇にある受付に戻り、係の当番に訊いてみたが、そんな人は通していない、という。
後にアキノさんは、同じく茶室で働く従姉にだけ、そのことを話してみた。
従姉も「見える人」だが、お姫様を目撃したことはない、とのことだった。
「朝のお茶は、そのお姫様が召し上がっているのかしらね」
そう言って笑うだけで。
お茶室では、毎朝、一番に点てたお茶を床の間に供える。
あのお姫様が楽しんでくれているのだとしたら……。
以来アキノさんは、朝のお茶をより丁寧に点てるようになったそうだ。
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